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序
世界的規模に於て戰はれつつある今次の大戰は、果して樞軸國家群對反樞軸國家群の戰争といふ一事によつて全部的に説明され得るであらうか。またそれは、暴慢なるアングロサクソン民族に對する被壓迫民族の戰ひといふ一事によつてその眞相を盡くされ得るであらうか。時として説かるる所の東亞新秩序乃至世界新秩序の建設は、單に聯合國の打倒とアングロサクソン民族の撃滅とによつて達成され得るであらうか。
かつて我々は支那事變の經過中に、我々の眞の敵は米英等であることが到る處に於て確認されてゐながらも、それと明らかに指摘し得ざる種々の事情のために、時として我々の敵愾心の向け方に多少とも迷つたことはなかつたであらうか。そしてその敵愾心が、大東亞戰によつて初めて眞の敵が明示されることによつて、一時に天をも衝かん許りに燃え上るのを感じたのではなかつたか。
しかしその後時日の經つに連れて、再び我々の心には、大東亞戰の眞の敵が單に米英に非ざることを豫感しつつありはしないであらうか。これは最近の世界状勢を多少とも達觀し得る者には、意識の程度に差こそあれ、必らず感得されつつあるかの如くである。しかしながら、如何なる理由に依つてか、いまだにわが國に於てはそれを公然と口にすることが遠慮されつつあるかの感を抱かしめられる。勿論この遠慮が、米英の背後に敵を見ることとは米英を敵として戰ひつつある我々の戰争目標を曖昧にするといふ心配よりなされる場合には、一面に於ては尤ものことであつて、我々としても決してそれを非難しようとする者ではないが、しかし事實はさやうに簡單ならざるごとく見えることも否定し得ないのである。日支事變中に眞の敵を指示することを遠慮せしめたと同一乃至類似の理由が、或はこの場合にも存在してゐるのではないかと思はせられるのである。
然しながら我々はこの序文に於てはこれ以上に論議することを避けるであらう。本書の全部がかかる疑問に答ふるものだからである。當路者が聲を嗄らして呼號する對米英敵愾心の如きも、上述の點に關して勇気ある決斷が下される時おのづから焔々と燃え上るであらう。その時には、我々の敵が同時に樞軸諸國の敵である許りか、また人類全部の敵である眞相も判明するに至るであらうし、また我々の敵が如何に奸悪であり、従つてまた如何に強力てあるかが判明する許りか、我々の建設せんとする東亞乃至世界の新秩序の内容と意義もまたおのづから明らかになるであらう。
◇ ここに集められた諸篇はかつて雑誌その他に發表されたものより選擇されたのでああるので、その性質上多少の重複を來してゐる點もあるが、機会に触れてなされた言説のうちに反つて我々の立場の正當性も證されると考へるので、各部の始めに「はしがき」めいたるものを加へるにとどめて、他の部分への加筆は差控へることにした。切に讀者の寛恕を乞ふ所以である。 昭和十八年七月
著 者 識
序
一、 | 猶太問題研究の精神史的意義 | 三 |
二、 | 猶太魂の本質 | 一四 |
三、 | 猶太の神祕の謎を解く | 六九 |
・・「十五」なる數の猶太神祕力に對して有する意義・・ | ||
四、 | 猶太の世界支配諸機關 | 七七 |
五、 | 猶太聖典及び法典の成立と猶太的「タルムード論理」 | 九四 |
六、 | 「シオン議定書」の成立、傳播、眞僞 | 一〇二 |
七、 | 國際猶太祕密力の世界新聞統制(譯補) | 一二五 |
一、 | 猶太の人間還元・・猶太問題研究根本原則十箇條 | 一六五 |
二、 | 大東亞戰爭勃發後の世界情勢 | 一七三 |
三、 | 今次世界大戰の性格 | 一九六 |
四、 | 世界大戰へと駆り立てるもの | 二〇六 |
五、 | 日本と猶太 | 二一九 |
六、 | 日猶抗争としての日支事變 | 二六七 |
七、 | 前世界大戰に於ける猶太の策謀と獨逸の敗戰 | 二九七 |
一、 | シュルハン・アルフ・・「用意の出來た食卓」 | 三三一 |
二、 | 著名なる猶太法師の言葉 | 三五九 |