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通産省・国売り物語

通産省・国売り物語(5)馬借

外圧の犬、クリントン

93年に入ってクリントン政権が誕生します。「今まで反日を唱えた民主党も、責任を得ておとなしくなる」・・・。一体、どこからそんな甘い期待が出てきたのでしょうか。「アメリカは変わろうとしている」と、ケネディを引き合いに出してアピールするクリントンの宣伝に乗せられ、マスコミは好意的な反応を示しました。彼の唱える「自らの競争力を高める」努力と称するものを、日本は歓迎しましたが、その裏側で進んでいる、日本を生け贄にした邪悪な意図に、多くの日本人が目を背けていました。彼等の言う「自ら努力する」という事が、日本を叩いて押し売りする事と逆であるかのような、「アメリカの理性」なる空証文を、まだ信じるナイーブな日本人が多く居たのです。彼等の期待と信頼は完全に裏切られました。

冷静に考えれば、この通商日本叩きを表向き主導しているのが労働組合の勢力で、「職場確保のために」という名目で「リベラリズム運動」なるものと連動していました。それをあたかも「理性」を代表するものであるかのように思い込んでいる人達には、民主党権力者や組合リーダーの不透明な人脈など、目を向けたくもなかったのでしょう。

「アメリカに職場を確保するため」と困難を押しきって進出した日系工場に対する執拗な嫌がらせ、そして逆にアメリカ資本家の利益を擁護する対日進出の優遇を要求する、民主党反日権力者の言い分は、露骨な資本家の利益の代弁である事は見え見えであったにも関わらず・・・。そんな論理矛盾はアメリカにとって「外国を血祭りに上げる」局面においては朝飯前であるという事実から、多くの日本人は眼を逸らされていたのです。

見え透いた羊頭看板で「弱者擁護」のイメージを張りぼてに塗った排日運動のために、日本や日本企業を強引に悪者に仕立て上げる国粋的詐術の道具として激化していったものが、歴史カード利用の(国家予算の半分を約束した巨額賠償でとうの昔に決着のついた)戦後賠償やり直し要求の扇動であり、(鯨を食べる日本人は人食い人種と同じだという人種差別的感情暴論にまみれた)反捕鯨に代表される環境ネタ利用の日本叩きでしょう。

特に歴史カードは、日本においても「ソ連崩壊」で行き場の無くなった左派にとっての、貴重な発言ツールでした。アジアで当たり前に企業活動することを「相手の恨みを忘れた無責任なニッポン人」などと暴言するのを「進歩的」だの「良識」だのと鼓吹する佐高真のような愚か者や、さらにはナチスに劣らぬ暗黒国家北朝鮮とタイアップした、怪し過ぎる「慰安婦体験談」を振りかざして「日本はナチス以下」などと、笑うしかない暴言を吐く外道ども・・・。北米ではNAFTAが成立し、孤立感を深めるアジアが日本のリーダーシップに期待するのに対して、日本に対する歴史的偏見を煽ることで、アジア自立の希望を妨害するという筋書きは、まさにアメリカの世界支配戦略に絶大に貢献した事は間違いありません。

環境問題においても、捕鯨だけではない。クロマグロ規制では、7割もの漁獲シェアで「資源減少」の真犯人である「金持ちのクルーザーによる釣り遊び」(エコノミスト92−4/14)のロビー活動によって、日本の生業漁民を規制しようという、CITES提訴の非合理。日本を吊るし上げる輩の正体が豪遊金満集団なのですから、「貧しい者に味方する市民運動」が聞いて呆れます。

この傾向は、クリントン民主党政権の登場とともに、どんどん露骨になっていきます。リンダチャベスやアイリスチャンを持ち上げての日本叩きで、インチキな猟奇写真をちりばめて下半身利用の反理性的排日を浸透させたアイリスチャンに対して、日本の駐米大使がテレビ討論を挑みます。ところが呆れたことに、多くのアメリカ人は「アイリスが若い美人で斉藤駐米大使が中年のオヤジ」などという、あまりにも情けない理由で、アイリス側に軍配を上げたのです。

そして外交面でも中国との「戦略的パートナーシップ」と称して甘やかし、日本に孤立感を迫るような愚かなクリントンの行動は、中国の増長を招いて、多くの識者から「最悪の外交政策」の烙印を捺されます。それが2000年選挙の民主党敗退の大きな要因となった事は記憶に新しい所ですが、一方の市民団体・アカデミズムにおいては「日本罪人視」「日本企業狙い撃ち集団訴訟」の暗黒環境がふてぶてしく居座り、その不当を指摘すると「日本の肩を持った」と言われて学者生命が危なくなる・・・とまで言われる知的抑圧状態が続いています。

さて、クリントン政権発足において、押し売り推進派の大量入閣は早くも経済外交面での醜い正体を現しました。まともに日本に関する知識のある人は姿を消した事は、多くの知米派を危惧させました。まさに「最初からまともに日本と交渉する気が無かった」のです。そして押し売り推進・脅しの信奉者の大量入閣。圧巻はローラタイソン大統領特別顧問。彼女の著作「誰か誰を叩いているのか」は、半導体協定による不当な利益を「成功例」として持ち上げ、さらなる押し売り圧力を鼓吹するという、とんでもない代物として、心ある人の警戒の的になりました。

従来の押し売り貿易の建て前が主張する「赤字解消のため輸出を増やしたい」と言う建て前とは裏腹の、付加価値の多いハイテク製品じゃなきゃ嫌だ・・・という我が儘政策の鼓吹が、所謂彼女が主張する「戦略的管理貿易」です。それは日本に対する彼等の「米市場を閉鎖しているではないか」という最大の口実に泥を塗る如く、農業のようなものは意味が無い。半導体やコンピュータを輸出させろとゴネまくりました。

政府による産業政策を「日本やアジア諸国もやってるじゃないか」と正当化した・・・と言うのですが、マスコミの解説で技術・開発支援を真似るのだ・・・と、あたかも自助努力を指向しているかの如く糊塗されていましたが、現実のその指向は押売貿易以外の何物でもありません。これでは「一生懸命働いた人」を見習うと言って、一生懸命泥棒するようなものです。「利益になることは良いことだ」と言って、強盗を正当化するようなものです。こんなものを日本のマスコミは「等身大の通商理論」などと、あたかもまともな政策であるかのように持ち上げ、下手をすると「輸入制限よりましだ」みたいに本末転倒な解説で日本人を騙しました。

実はこの、「付加価値の大きい儲かる分野」の美味しいとこ取り指向は、タイソン氏の独創でも何でもない、そもそもアメリカ企業の通商行動においての、いつもの「我が儘な悪い癖」に過ぎないのです。半導体でも付加価値の高いMPUやASICは手を出しても、安い家電用マイコンには見向きもしない。なかなか20%に達しなかったのは、そのためです。建設市場でも泥臭い施工には手を出さずに、設計や通信施設など美味しい所だけつまみ食いする。それが、利益率は高くても、全体の規模の小さい売り上げしか出さず、黒字額を稼げない。そんなものを「無理矢理に均衡させろ」などと、日本に一方的に出血を強いる・・・。この理不尽こそが貿易摩擦の本質なのです。

こうした政策が、ガットの自由貿易体制を危機に陥れるであろうことを、多くの人が警戒しました。それに対してのアメリカの理屈は「これは冷戦体制のためにアメリカが被害を甘受したものだ。その被害を返してもらうのだ」。とんでもない話です。ガット体制は、アメリカだけが輸入自由化する訳じゃない。客観的な基準の元で、多くの国に自由化を促すものです。

日本もガットによって、多くの分野で自由化を迫られ、実行し、多くの輸入品を受け入れてきました。にも関わらず「自分だけが」などと被害者意識を持って「利益を返せ」など、盗人猛々しいとはよく言ったものです。最初から自由貿易の公正を害するつもりなのですから、通商戦争の危険どころの話じゃない。それを「各国が懸命に回避するだろう」と、危険なチキンゲームを仕掛けたのですから。他国の犠牲に甘えて攻撃に走る肚づもり・・・。そこまでアメリカを甘やかせたのは、他ならぬ日本の隷米政府と、それを動かしてきた通産官僚です。

そしてその外道政策・・・、半導体摩擦に味をしめた特定分野別押売貿易の全産業への拡大は、クリントン政権に全面的に採用され、貿易黒字という「結果」そのものに因縁をつけて日本を一方的に攻撃する、あからさまな結果主義を振りかざして露骨な圧力で迫ったのです。

そうした自国政府の悪行に、結局のところ、アメリカ世論は「迎合」したのです。それまでまがりなりにも存在していた「アメリカにも悪い所はある」という良識論は、全く影をひそめたといいます。それどころか、アイアコッカなどはNAFTAに対する反対派を説得するためにと称して「日本やEUにとって悪いことは、アメリカにとって良いことだ」と公言しました。口先では日本と「友人として話し合う」などと、見え透いた、日本のマスコミだけが相手にするおべんちゃらを吹き、全体の雰囲気は「日本を潰してやる」というあからさまな悪意に満ちたものでした。

ところが、それに対して日本政府は・・・。スーパー301条の復活に際して、渡辺外務大臣に対して「黒字がけしからん」との結果主義を振りかざして脅すアメリカ。その渡辺氏は「相手国の不公正に対するものだ」などという、脳みその存在を疑わせるような受け売りコメントを発表して、日本国民を落胆させました。

通産省は毎度のごとく、業界団体を使った押し売り受け入れ工作を続け、「保護主義回避を話し合う」との触れ込みで2月14日に日米財界人会議が行われ、半導体・自動車など29分野を標的に特別委員会の設置が決まります。もちろん保護主義回避どころか、押し売り貿易という最悪の保護主義に奉仕するための委員会です。

3月に入るとすぐ、SIAは再び制裁をちらつかせて、月末に予定されている92年第四四半期のデータの公表を控えて「20%未達成の場合は」と脅してきました。取引状況をモニターしていたSIAですから、当然、日本企業による無理なドブ捨て出血発注によって当面の数字が確保される見通しは立っていた筈でした。

もちろん通産省もそれを知っていて、マスコミ向けには「達成は無理だが、通産省がなんとか守ってやるから業界も協力しろ」と、押し売り受け入れ推進のネタにしたのです。彼等の真意は3月20日、20%達成が公表される頃に明らかになりました。曰く「93年平均で20%の実現を」・・・。あまりに酷い弄ばれ方に激怒する日本企業に、さすがの通産省も宥める言葉がありませんでした。

相変わらずのアメリカ企業によるキャンセルで、欲しい製品が入ってこない状況に棚橋氏は「大きな金額じゃないんだから、問題無い」などと嘯きます。冗談じゃない!半導体が予定通り入ってこないということは、それを組み込む予定だった電子製品が完成しない・出荷できないという事です。いくつもの半導体を組み込む製品が、他の半導体は調達して組み込んでるのに、アメリカ企業から買った部品が無ければそれは高価なゴミと化します。日本企業の損失はキャンセルされた金額の数十倍になり、当然、その製品を受注した顧客企業にも多大な迷惑をかけ、失墜した信用はお金では換算出来ないものになります。それを「大きな金額じゃないんだから、問題無い」などとアメリカ企業を擁護した棚橋氏に、多くの人が愛想を尽かしました。

4月半ばの日米首脳会議で、アメリカが分野別の輸入目標設定を要求したことで、国民の怒りはごまかしきれないまでに膨れ上がりました。棚橋氏なども「数値目標は受け入れられない」と公式には発言せざるを得ませんでした。「アメリカの言いなりに押売受け入れ指導を続けて目標を実現させてしまったから、つけ上がらせたんだ」という事実がようやく認識され、アメリカの管理貿易の波及を恐れるアジア諸国はアメリカを批判して日本を支持。OECDでもアメリカの結果主義は批判されます。

しかし、自民党政府部内ではまだ「外圧ウェルカム」でした。会談に先立ってワシントンポスト記者と会見した宮澤総理は平然と「外圧で自らを変えるのが日本のやり方だ」などと公言し、記事にされてしまうという体たらく。しかもその発言が、記事の印刷前にその筋に流れて、ローラタイソンの部下等が書いた「和解できる差異」と題する対日押し売り外交の台本に、押し売り正当化の論拠として引用されてしまうという失態を演じます。

首脳会談では、アメリカが押し売り要求を突き付ける場として「構造協議の後を受ける」と称して「包括協議」という枠組みに同意してしまいます。そして「輸入目標は作らない」という日本側の前提をアメリカ側は平気で無視していくのです。まさにこの会議は通産省の最後にして最大の甘い密の源でした。景気刺激策を要求するサマーズ財務長官の威光をバックに、大蔵省との激しい折衝で毟り取った、その目玉こそ、棚橋氏の最大の功績と言われた「新社会資本」でした。

特に教育用パソコンの大量購入が「アメリカに多くの利益をもたらす」として、その実現に大きなプレッシャーをかけました。そしてこの教育パソコンこそ、彼が孫・盛田氏と組んでトロン教育パソコンが潰されたことによって、独占の雄マイクロソフトなどに多くの利益をもたらす事になった曰く付きの分野であり、そもそもトロンが、国内外に対してオープンな仕様であるにも関わらず、スーパー301条の標的にされ、これこそ外圧の不公正さ・非論理性の見本として多くの人に非難されたのです。

もしこの時期に大量導入が実現していたら、僅か2年後、ウィンドゥズ95によって大量に発生する廃棄教育パソコンの山に膨大な追加を成していたであろう事を考えると、身の毛がよだちます。民間需要の廃棄パソコンによるゴミ問題と無駄遣いは、深刻な社会問題になっていったのは、誰もが知る周知の事実なのですから。

この時、マスコミは「アメリカは日本の要求通り、財政赤字退治を始めた。だから日本もアメリカの要求を受けて黒字を減らせ」と、無茶なアメリカの論理を代弁します。とんでもない話で、アメリカの黒字退治はアメリカ自身のためであり、その歪みに苦しむアメリカ自身の自助努力を求めたに過ぎない。アメリカの一方的な輸出利益のために日本が財政垂れ流しで破産に向かって邁進することを、同列として要求するなど、筋違いも甚だしいではありませんか。

この不当な言いがかりに対する反発を「偏狭なナショナリズム」などと決めつけて「世界史的大問題」などという訳の解らない持ち上げ方で財政垂れ流しを説く飯沼良祐氏、管理貿易論への日本側の批判を「アメリカが受け入れない」などという論理外的理由で一蹴し、アメリカ政府の強盗経済学を「新経済理論」などと持ち上げて「理解を示せ」などと強弁する川島睦保氏(東洋経済東洋経済93年6月5日)。愚論を垂れ流す隷米マスコミの弊害は完全に「まともな庶民」の感覚から遊離したのです。

5月12日、通産省は相変わらずの「輸入拡大要請会議」で、アメリカの要求を受け入れるべく企業に圧力をかけ、マスコミは「輸入努力は保護主義を牽制する」などという通産省の言い訳を鵜呑みにしました。しかし最早、企業は冷ややかな反応しか示さず、逆に政府の努力を要求します。「アメリカをつけ上がらせてはいけないという、腐るほどの教訓から、あなた方は何を学んだのか」と・・・

6月のOECDで、アメリカの結果主義的ごり押し言動は最悪の状況を呈しました。「米国の成長の期待外れ」も「欧州の不況」も全て日本のせい・・・などという馬鹿げた責任転嫁を強弁し、朝日新聞は「我が国は厳しく受け止めたい」などと馬鹿げた降伏論を垂れ流しました。客観的に見ても欧州は、期待のドイツが冷戦終結で東ドイツを飲み込んだ後遺症に苦しみ、アメリカの「期待外れ」は日本を犠牲に好調期に入った上での「もっともっと」的な贅沢に過ぎないのを、まさに自虐朝日の真骨頂と言う他はありません。これを分析したフィナンシャルタイムズは、日本はアメリカ側での責任逃れのスケープゴートにされているのだ・・・というものでした。そしてさらに同紙は主張するのです。「日本がより平穏な生活を望むのなら」文句を言わずに言いなりになれと・・・(絶句)

こうして6月、日本経済をズタズタにした棚橋氏は、2年の次官任期を終えて退任します。7月、アメリカの主張する「ベンチマーク方式」と称する半導体押し売り方式に、毎度のように形だけの抵抗の姿勢を示す通産省ですが、アメリカ側は「制裁に直結するものでない」などというおためごかしで騙そうとします。半導体で散々騙された古い手口で、民間を騙せないのは明らかなのに。

そして首脳会談で宮澤総理は、アメリカが要求する「フレームワーク」なる実質的な押し売り協定の枠組みに同意したのです。それは既に内閣不信任まで決まっていた宮澤総理の、あまりにも迷惑な置き土産でした。そこでは「日本の大幅な黒字削減」がうたわれ、合意後にアメリカ側が一方的に「黒字幅をGDP2%に削減するという意味だ。それが公約された」と宣言します。市場分野別の「客観基準」なるものも謳われ、「約束」と取られて制裁される可能性を受け入れた、まさに「結果主義」地獄が丸ごと日本を飲み込む体制・・・それは梶山支配下にある宮沢総理の「強い意向」だったと言われています。

「大人」への遠い道のり

そして総選挙で、アメリカの言いなりだった自民党政権に国民は「NO」を下しました。梶山自民党が大敗し、小沢氏が実質的に率いる新進党と、細川氏の日本新党が躍進したのです。細川政権の誕生です。アメリカは「政権交代による細川総理の改革路線」に対する支持を表明し、あたかも日本の改革の味方であるかのような素振りを示しましたが、実際には、細川氏の背後にいる小沢氏に対する期待であった事は、見え見えでした。「官僚を押さえ込んででも」通商紛争解決・・・つまり対米妥協に働く政治家として「アメリカでの評価は高い」のだという報道が、それを裏付けていました。しかしその後、実際の交渉は終始、細川首相のリーダーシップによって行われた事が、アメリカの期待を覆すことになったのです。

さらに、従来の押売推進の「合意」に対して、民間からの突き上げで、通産省と外務省の一部に省内対立が始まったことは、アメリカを慌てさせました。「押し売り合意は受け入れられない」という高官発言にベンツェン財務長官が反発し、カッター次席代表は「管理貿易批判を相手にせず」と突っ張り、別の高官は押売批判を「官僚の利権の問題」と見苦しいすり替えを行いました。

曰く「輸入拡大(押売受容)の場合は通産省が民間企業に出向いて輸入促進を懇願しなければならず、通産省のメンツは丸潰れとなる」・・・。民間取引への不当な行政介入がメンツが丸潰れなのは、役所が民間に不当な不利益を強制するのだから、当然です。それを拒むのは「利権の問題」でしょうか?「不当な行為は止めろ」という民間の声に従う事こそ、公僕たる者の正道なのではないのですか?

包括協議は自動車分野や電気通信分野などで9月・10月と続き、「G7諸国並みの外国製シェア」と露骨な押し売り基準設定要求が突き付けられました。「統一市場である筈のEU加盟諸国の外国製として、域内から買った物を含めた数値を基準にするのはおかしい」「アメリカの航空機をG7並みに引き上げろと言えるか」と、次々に疑問が噴出し、アメリカ国内でも、38人の正統派経済学者が3人の日本人学者とともに包括協議を批判クリントン・細川宛ての協同公開書簡が出ることで、押し売り圧力を正当化する「黒字悪者論」の間違いは誰の目にも明らかになったのです。

その年末、5年間の交渉を費やしたウルグアイラウンドがついに最終合意しました。農業での譲歩を逃れたEUや言い掛かりアンチダンピングの自由を残したアメリカを相手に、米市場などで最大の譲歩を行ったのが日本でしたが、これで多国間交渉の場が大きく広がったことは、自由貿易に大きな力となりました。

翌年、1月から始まった協議に、両者全く譲る気配は無く、議論は堂々巡りを続けます。これ以上の押売を世論が許す筈もなく、「数値目標で制裁はしない」というバレバレの嘘と「アメリカは規制緩和における細川首相の同盟者」などという口先だけの見え透いたおためごかしを乱発しますが、そんなものを信じる人があろう筈もなく、決裂は誰の目にも明らかになりました。

マスコミは「アメリカも最後には押し売りを諦めるだろう」と、楽観論を出しますが、それまで散々甘やかされたアメリカが「押し売り断念」など考えられる筈もなく、「交渉は1インチも進まない」と苛立ちを示し、日本側の押売拒否姿勢を「官僚が規制緩和と自由化に抵抗」などと無茶苦茶な強弁で荒れる始末。最後には「合意したものだけ発表しよう」との細川氏の提案を、あくまで押売数値の押しつけに固執して言下に拒否するアメリカ側。

「昨年7月に合意したじゃないか。日本に裏切られた」と被害者意識を振りかざしていたと言います。甘やかされ続け、日本の譲歩に「中毒症状」を起こしていたアメリカの、言わば禁断症状とも言うべき状態だったのです。2月11日、ついに協議は決裂し、国民は快哉を叫びます。細川総理の「大人の関係」をうたい上げたこの言葉は、まさに邪悪と強欲が初めて喫した後退の瞬間でした。

アメリカは直ちに、言いなりにならなかった日本に「報復」を始めます。1ヶ月間は日本側担当者が電話しても応対しないという態度に出る一方で、急激な円つり上げ発言と、期限切れのスーパー301条の復活案も提出されました。さらに、移動電話に関わる合意違反と称して、専門家に聞いても「どこが違反なのか誰も解らない」強弁により、対日制裁を表明。移動通信に関するモトローラの押売姿勢は日本側に「数値目標拒否」の正しさを教えたなどと嘯いたのだそうです。そのあまりに悪質な押し売り内容は、「政商ガルビン」の悪名を轟かせるに余りあるものでした。

売り切り解禁を控えて値下がり寸前の端末の大量購入と中継施設を、数を指定してUSTRの名をちらつかせた脅迫書簡。「制裁を避ける心からの努力」だの「危機を乗り切る最後の手段」だのと、吐き気のするようなおためごかし。89年にアメリカに屈伏して、IDOに介入したくせに・・・と。それはあたかも、レイプされた女性に対して「いまさら抵抗して処女ぶるな。諦めて股を開け」・・・と言っているに等しいのです。

日本側は結局は屈伏し、国民を失望させました。それをなさしめたのは結局、郵政族首領の金丸氏の後継者であり、89年にも圧力平伏を演出した前科のある、細川政権下では権力の絶頂にあった小沢氏の力によるものでした。そしてモトローラ社にとっては、政治利権に頼りきって普及寸前のデジタル式に乗り遅れ、苦境にある「焦り」から出たのだと言われていますが、それだけに被害に遭ったIDOの被害は甚大でした。IDOは既存NTT方式の中継施設とともに巨額の二重投資を強要され、多額の負債を作って利益を上回る利息を支払うという、まさに破綻の淵に追い込まれ、トヨタなどに支援を仰ぐ破目になりました。

マスコミ・エコノミスト界の国内従米派は、ひたすら責任を「官僚の頑迷さ」に帰してアメリカ批判のごまかしを図りました。信じ難いことに、「数値目標は結果主義と違う」などという嘘のバレ切った神学論争を垂れ流したのです。半導体協定延長で、あれだけ「目標じゃない。制裁理由にしない」と明文化しておきながら、強引に制裁をちらつかせての押し売りで日本企業に大損害を与えた。そうするに違いないと皆が知っていたのを、腹に一物の通産官僚がアメリカと組んで国民を騙した。それを日本国民が忘れたとでも思えるのか・・・。

「何故、信じてくれないのか」などとほざくアメリカ側の言い分の垂れ流し。一体どの面下げての抗弁か。誰が信じると思うか。そんな勝手な言い分を垂れ流して恥じる事もなく、「アメリカは客観基準と市場シェア目標が本当に違うことを説得的に示すことに失敗」・・・。こんな見え透いた嘘の鵜呑みを前提に報道するマスコミとは、一体何なのか・・・

東洋経済94年3月5日の森田実氏の記事では、押売強要への抵抗に対して「裏話での真相」と称して、細川総理が頭が悪かっただの減税案に不満だっただの、日本側のNOは官僚主導だのと問題をすり替えのオンパレード。「大衆はけんかが大好き」などと民衆蔑視にすら狂奔して、「日本が開き直る姿勢を取れば影響は安保に及ぶ」だのアメリカは「日本を叩きのめした上で譲歩を勝ち取る」だろうなどと脅すことで、対立を恐れる日本大衆のおとなしさに乗じてここまで事態を悪化させたマスコミの責任に対して、まさに「開き直った」のです。

そして「世代交代」が原因だと、不公正を拒否した細川氏を「戦争オッケー」な世代故だなどと過去の悲劇の影をちらつかせる汚過ぎる心理的圧力を振りかざし、あの悪夢のような市場破壊をもたらした屈伏を垂れ流した旧世代の政治家や官僚を「何が何でも交渉をまとめ」るために「合意可能な対案を出して切り抜け」たであろう・・などと、一体、本気で言っているのだろうか。

これほどの害悪をもたらした極秘裏の押し売り提案が日本にとって「合意可能な対案」だなどと本気で言っているのだとしたら、それこそ思考力を疑う。それとも彼は、経済の正道を守るためにNOと言うべきことを勧めた日米40人の経済学の権威をも「幼稚」だと強弁するのだろうか?翌月にはなんと、「政権交代で官に対抗できる政の力が消えた」などと、あれだけ日本に害毒を流し続けた自民党政権の永続化を主張したのです。

愚かな高橋正武氏も、アメリカ有力政治家の反日強弁を垂れ流し、「クリントンの体質を理解して日米間の病気を直せ」と称して、まさに病気を悪化させるべく汚い言葉で「屈伏拒否」をこき下ろしました。エコノミスト誌でも3月19日号で「黒字は日本の病」などと、ネタの割れた黒字悪玉論を振りかざし、3月1日号では小西昭之氏が「数字恐怖症」などという陳腐な台詞でアメリカのおためごかしを宣伝する最低の暴論で、その嘘を突き放した崖際の正気を「強迫観念」だ「自己睡眠」だと喚き散らしました。田村紀雄氏などは「日本のマスコミのステレオタイプ」だと称して、ようやく無視できなくなった、押し売りに対する国民の怒りを反映した新聞の対米批判を攻撃するという、逆立ちしたキャンペーンを張って、読者の失笑を買いました。

クリントンの押し売りが「消費者の利益」だなどと本気で言っているのか?その新聞が構造協議の時に「アメリカが消費者の味方」だなどという騙され論を垂れ流したのを忘れたのか?「アメリカの報道はは多様だ」などと主張しているに至っては正気を疑います。クリントン政権発足時の反日一色状態を忘れたというのか?彼のようなのを「ニワトリ頭」と言うのでしょう。

外務官僚の岡崎久彦も「押し売りを拒否してもマクロで合意する筈だった」などという交渉経過から見ても全くの大嘘にしがみつき続け、「減税額が六兆円だから駄目で七兆円なら」などという説得力の欠片も無い惰論を書き散らします。「英エコノミスト」など世界中が正しい判断と認めた「押し売り拒否」に対して「怒りが肚に」などと・・・、自分達隷米官僚に対してこそ、多くの国民の怒り肚に据えかねているのだという事実に対して、自覚の欠片も無い能天気ぶりには、さすが伏魔殿の有力者と、呆れる他はありません。

結局、ここまで話をこじらせたのが、その官僚が散々アメリカに屈伏し続けた結果であるにも関わらず、彼等の言い分はその屈伏を続けろと言っているのに等しいのです。官僚がアメリカへの屈伏を拒否したのが、その罪過に対する反省であるなら、それこそが大いに評価すべきものを、「アメリカと決裂したのが大変だ」と、まるでそれまでの害毒官僚の言い分と同じ論理を繰り返したマスコミの愚かしさは、毎度のことながら最低な醜態と言う他はありません。

日本でマスコミが屈伏要求の馬鹿騒ぎを続けている間に、外国では冷静なアメリカ批判が渦巻きました。イギリスエコノミスト94年3月12日では、規制緩和に逆行する「現代の砲艦外交」としてクリントンを非難。アメリカ国内でも「圧力をかけても何も得られなかったじゃないか」というクリントン批判が彷彿として起こりました。さらに、対日圧力を狙って仕掛けた円吊り上げでしたが、4月になると、ドルはマルクに対しても下落を始め、アメリカからの資金の流出はアメリカ経済を締め上げ始めたのです。5月にはついにドル買い支えの協調介入に踏み切らざるを得なくなり、対日報復は頓挫したのです。

結局、細川政権は「アメリカの犬」として政界を生きた小沢氏によって、足を抄われました。交渉破綻直前の2月初旬、官僚と小沢氏によって強引にまとめられた「国民福祉税」で一気に細川批判が増幅。4月に細川退陣・新進党から羽田内閣成立。奇妙なことに、その国民福祉税を演出した張本人である小沢氏は、逆に立場を強化したのです。しかし羽田体制も6月には倒れ、自民党・社会党が組んだ村山内閣が発足しました。

その後も結局、包括協議は続けられました。秋ごろに板ガラスで部分合意する一方で、モトローラから押売功労者を引き抜いて「柳の下のドジョウ」を狙ったコダックのフィルム押し売りや、日本の規制緩和で「第三分野」の独占が脅かされるのを恐れたAIGの保険摩擦など、ますますアメリカは「規制緩和の妨害者」としての正体を露わにしていきました。

そして96年、あくまで自動車押し売りに固執するアメリカ。またも円の吊り上げで80円突破とともに、5月についに対日制裁を発表。直ちに日本は発足したてのWTOに提訴します。アメリカは「日本の非関税障壁を訴えてやる」などと強がりますが、日本の勝訴は確実。脱退さえほのめかして揺さぶりをかけます。しかしもはや欧州もアメリカの横暴を完全に見放していました。OECDでアメリカの一方的措置を牽制する声明を盛り込み、それをアメリカが前代未聞の拒否権発動で潰すという醜態でしのぎます。

マスコミは「100%の勝ちは危険」などと、この後に及んでまだ対米譲歩を主張しましたが、実態経済でガタガタの日本のどこにそんな余裕があったのか・・・。終いにはアメリカは「安保見直し」まで持ち出して日本を脅します。それも相手が、社会党政権として安保容認への転換で揺れる村山政権だというのですから、甘えという他はありません。

そうやって要求したのが、あの屈辱的な「思いやり」みかじめ料負担の「増額」で、それが満たされないからと、日本の意思を大前提とした「負担」をアメリカ議会で決定するという前代未聞の珍事をやってのけます。それを「満場一致で決めたのだから日本は従え」などと要求する古森氏の相変わらずの逆立ち論議もまた、読者の失笑を上塗りしました。

結局、こうした逆立ち論議の元である「安保ただ乗り論」が如何に愚かで虚しい被害者妄想であったかは、四ヶ月後の沖縄幼女強姦事件で、激怒する日本中が「米軍出て行け」のブーイングで沸き立つ中、大慌てで居座り工作に奔走するアメリカの醜態が、如実に示したのです。

包括協議は結局、6月28日の制裁期限ぎりぎりで妥協しました。日本メーカーがアメリカ製品の「購入拡大計画」なるものを出し、アメリカは勝手に数値目標を設置して「成果を計測」するという、結局は押し売りの色彩を色濃く残した代物でした。あまりに見苦しい押売利権への執着は、日本人のアメリカ離れを一層掻き立てていきます。

96年、カンターUSTR代表は、協定の成果を監視する部局」を設置し、新たな従来の利権協定を振りかざす事で、甘い蜜にしがみつこうと足掻きます。日本では橋本内閣が成立し、再び半導体協定の期限切れが近づきました。既に半導体では、アメリカ企業が世界シェアで日本を押さえ込んだ状態にもかかわらず、数値目標のさらなる延長を要求し続け、日本人の怒りは高まります。

橋本首相の主導の元で期限を割り込んだ8月2日に交渉は妥結。20%のシェア協定は消滅しましたが、「半導体会議」なるものを残し、アメリカ側はシェア調査を続け、圧力の受け皿だった「半導体ユーザー協議会」も生き残りました。圧力をかける体制は、まだ死んではいないのです。その後、フィルム摩擦はWTOに持ち込まれ、アメリカは完敗。外圧拒否の正しさを完膚なきまでに証明しました。それでもアメリカは押し売り固執を止めず、残る自動車・保険の不平等協定が廃止されたのは、ようやく99年になってからです。

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