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その説明は、イスラエル系圧力団体の並ぶ者のない力にある。我々は「イスラエル系圧力団体」と言う言葉を、米国の対外政策を親イスラエルの方向に導くために活発に活動する個人や組織の緩やかな連合の意味で使う。これは、「イスラエル系圧力団体」が支配的な指導力を有する統一された運動であることを示すものではないし、組織内の個人がある事柄について異議を唱えないことを意味するものでもない。全てのユダヤ系米国人がイスラエル系圧力団体に参加している訳でもない。というのも、彼らの多くにとってイスラエルは大きな問題ではないからだ。例えば2004年の調査では、36%のユダヤ系アメリカ人は「全く」又は「ほとんど」イスラエルに心理的に帰属していないと答えている。
ユダヤ系米国人は個々のイスラエルの政策に関しても意見が異なる。例えばアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)や主要なユダヤ人組織の議長の会議のようなイスラエル系圧力団体の中の重要な組織の多くは一般にリクード党の拡張政策(オスロ合意への敵意を含む)を支持する強硬論者に運営されている。一方で米国のユダヤ民族の大部分はパレスチナ人により譲歩する傾向がある。そして、ユダヤの平和の声の様な幾つかの集団はそのような処置を強く支持する。これらの相違点にも関わらず、穏健派と強硬派は共にイスラエルへの忠実な支持を与える。
意外なことではないが、ユダヤ系米国人の指導者は頻繁にイスラエルの担当者に相談して、彼らの行動がイスラエルの政策目的を前進させることを確認している。ある大規模なユダヤ系組織出身の活動家によれば、『「これはある問題に関する我々の政策だが、我々はイスラエルがどのように考えているか確認する必要がある」と話すのは日常的であった』という。イスラエルの政策を批判することには強い偏見が存在し、イスラエルに圧力を加えることは常軌を逸していると見なされた。世界ユダヤ人会議の議長であったエドガー=ブロンフマンは2003年半ばにブッシュ大統領に論議を呼ぶ防護フェンスの建設を制限するようにイスラエルを説得することを手紙で要請した時に「不誠実さ」を非難された。彼を批判する者はこう言った。「世界ユダヤ人会議の議長にとって、米国大統領に対してイスラエル政府が現在推進している政策を阻害するように働きかけるのはいかなる時であっても反道徳的である。」
同様に、イスラエル外交評議会の議長であるセイモア=ライシュが2005年にコンドリーザ=ライス国務長官に対して、ガザ地区を横断する重要な境界線を再開するように頼むことを助言した時、彼の行動は無責任であると糾弾された。彼の批判者は「ユダヤ人の主流派にとって、イスラエルの安全保障に関連する政策に批判的な議論を行う余地は絶対に存在しない」と述べた。
ユダヤ系米国人は米国の対外政策に影響力を行使するために多数の強力な組織を作り上げた。その中でもアメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)が最も強力で有名である。1997年にフォーチュン誌が米国の国会議員とそのスタッフにワシントンで最も強力な圧力団体を列挙するように依頼したところ、アメリカ・イスラエル公共問題委員会は米国退役軍人協会に次いで二番目に挙げられ、AFL-CIO(米国労働総同盟産業別組合会議)や米国ライフル協会より上位であった。ナショナルジャーナルが2005年3月に行った研究でも同様の結果となり、アメリカ・イスラエル公共問題委員会はワシントンでの「影響力番付」で全米退職者協会と同点の二位であった。
イスラエル系圧力団体にはゲーリー=バウアー、ジェリー=フォルウェル、ラルフ=リード、パット=ロバートソンなどの著明なキリスト教福音主義者に加えてディック=アーメイやトム=ディレイなどの米下院の多数派の指導者達が含まれる。彼らは全員、イスラエルの復活が聖書の預言の成就であると信じており、イスラエルの拡張主義政策を支持する。そうしないならば神の意志に背くことになると彼らは信じている。ウォールストリートジャーナル紙の元編集者であるジョン=ボルトンやロバート=バートレイ、元教育省長官であったウィリアム=ベネット、国際連合の外交官であったジーン=カークパトリク、影響力のあるコラムニストであるジョージ=ウィルなどの新保守主義の異邦人たちもまた忠実な支持者である。
米国政府の形態は活動家に対して、政策過程に影響力を及ぼす多くの方法を提供している。利益集団は選出された国会議員や行政機関の構成員に働きかけたり、選挙献金を行ったり、選挙で投票したり、世論を形成しようと試みたりすることができる。人々の大部分が無関心な問題に関与するときには、彼らは不釣り合いなまでに大きな影響力を持つことになる。政策立案者はその問題に関心のある人々を、たとえ人数が少ないとしても、他の人々がそれを行うことを罰しないという自信がある場合は受け入れようとする傾向がある。
基本的には、イスラエル系圧力団体の活動は農業系圧力団体や鉄鋼系圧力団体、織物業労働者組合系圧力団体、その他の民族系圧力団体と同様である。米国の政策に影響を与えようと試みるユダヤ系米国人や彼らのキリスト教徒の友人達には不適切な事は何もない。イスラエル系圧力団体の活動はシオン長老の議定書(19世紀にロシア秘密警察によって作られた反ユダヤ文書)の様な小冊子に描かれた類の陰謀とは異なる。その構成員である個人や団体はおおかたのところ、単に他の特殊利益集団が行っていることを実行しているだけだが、しかしながらそれは他よりもずっとよく実行されているのだ。対照的に、親アラブの利益集団は多少なりとも存在するが、弱体であり、その為にイスラエル系圧力団体の任務は更に容易になっている。
イスラエル系圧力団体は大まかに二つの戦略方針を追求している。一つ目は、その著しい影響力をワシントンで行使し、議会と行政機関の両方に圧力をかけることだ。個々の立法者や政策立案者の視点がどのようなものであっても、イスラエル系圧力団体はイスラエルを支持することを「利口な」選択枝にしようと試みる。二つ目は、その建国の神話を繰り返すことや、政策を巡る討論でイスラエルの主張を宣伝することによって、公開の講話でイスラエルが肯定的な視点から描かれることを確実にしようと奮闘することだ。その目標は、政治の領域で公平な公聴会からイスラエルに批判的な意見を抑制することにある。討論を統制することは米国の支援を保証するために最も重要である。それは、米国とイスラエルの関係に関する率直な討論は米国人に別の政策を支持させる可能性があるからだ。
イスラエル系圧力団体の実効性の大黒柱は、その米国議会での影響力にある。そこではイスラエルは事実上批判を免除されている。議会が異論の多い問題を嫌がって触れないことは稀であるから、それ自体が注目すべき事である。しかしながら、イスラエルが関与する場所では、批判者になる可能性のある人間は沈黙する。その主要な構成員に、2002年の9月に「自分の外交政策の最優先課題はイスラエルの防衛だ」と発言したディック=アーメイの様なキリスト教徒のシオニストが含まれることも一つの理由だ。あらゆる下院議員にとって、最優先課題は米国の防衛であると考える人もいるだろう。ユダヤ系の上院議員や下院議員には、米国の対外政策がイスラエルの利益を後押しすることを確実にするために働いているものもいる。
もう一つのイスラエル系圧力団体の力の起源は、親イスラエルの議会職員を利用することにある。元アメリカ・イスラエル公共問題委員会の委員長であったモリス=アミタイがかつて認めたように、「ここ、国会議事堂には、たまたまユダヤ人に生まれ、ある問題を自発的に自分がユダヤ人であるという観点から見ようとする大勢の人間が実務レベルで存在する。彼らは彼らの上院議員のためにそれらの分野で意志決定を行う立場にあるものばかりだ。あなたは職員の段階だけでも非常に多くのことを成し遂げることができる。」
しかしながら、アメリカ・イスラエル公共問題委員会自身が米国議会でのイスラエル系圧力団体の影響力の核心を形成している。その成功は、国会議員と国会議員選挙立候補者のうちでアメリカ・イスラエル公共問題委員会の政策を支持する者に報酬を与え、反対する者には罰を与えるという能力に由来する。米国の選挙では資金は必要不可欠(ロビイストのジャック=アブラモフのいかがわしい行動が思い出される)であり、アメリカ・イスラエル公共問題委員会は友好的な者には多くの親イスラエルの政治活動委員からの強力な資金援助を確証する。イスラエルに敵対的であると見なされる者は全員、アメリカ・イスラエル公共問題委員会がその政敵に対する選挙献金の命令を確実に行うことになる。アメリカ・イスラエル公共問題委員会は投書運動も行い、新聞の編集者が親イスラエルの候補者を支持するように働きかける。
これらの戦術の有効性には疑いの余地はない。ここに一つの例がある。1984年の選挙で、アメリカ・イスラエル公共問題委員会はイリノイ州から、ある有名な圧力団体の人物によると、「我々の関心事について無神経さと、更には敵意まで示した」チャールズ=パーシー上院議員を打ち負かすのに一役買った。当時アメリカ・イスラエル公共問題委員会の代表であったトーマス=ダインは何が起きたかを説明した。「米国にいるユダヤ人は、東海岸から西海岸まで全員が、パーシーを追放するために集まった。そして、米国の政治家-現在公的地位に就いている者と、それを熱望する者-はそのメッセージを受け取ったのだ。」
アメリカ・イスラエル公共問題委員会の国会議事堂での影響力は更にずっと深刻なものだ。元アメリカ・イスラエル公共問題委員会の職員であったダグラス=ブルームフィールドによると、「米国下院議員とその職員が情報を求めている時、議会の図書館や議会の調査部門の委員や政府の専門家に電話をかける前に最初にアメリカ・イスラエル公共問題委員会に頼ってくるのはごく普通のこと」であり、更に重要なことには、「アメリカ・イスラエル公共問題委員会はたびたび、演説の草稿を書いたり、法律制定に取り組んだり、策略について助言したり、調査を行ったり、共同の資金援助者から集金したり、票を集めたり」している。
重要なことは、事実上外国政府の代理人であるアメリカ・イスラエル公共問題委員会が米国議会を締め付けており、その結果議会では米国の対イスラエル政策が、例え全世界に重大な影響を及ぼす場合ですら、議論されないことだ。言い換えれば、政府の三部門の一つはイスラエル支持を断固として表明している。元上院議員であったアーネスト=ホーリングズが引退時に「あなた達はアメリカ・イスラエル公共問題委員会から与えられるもの以外の対イスラエル政策を持つことはできない」と語った様に。または、アリエル=シャロンが米国人の聴衆にかつて「『どうすればイスラエルを支援できるのか」と質問された時、自分は『アメリカ・イスラエル公共問題委員会を支援しろ』と答えている」と話したように。
部分的にはユダヤ系の有権者の大統領選での影響力のおかげなのだが、イスラエル系圧力団体は行政機関にも重大な勢力を持っている。ユダヤ系住民は全体の3% 未満の人口しかいないのだが、彼らは民主党と共和党の両方の候補者に多額の選挙献金を行う。ワシントンポスト紙は、民主党の大統領候補は選挙資金の60% をユダヤ系の支援者から得ているとかつて推計した。そして、ユダヤ系の有権者は投票率が高く、カリフォルニア・フロリダ・イリノイ・ニューヨーク・ペンシルバニア等の重要な州に集中しているために、大統領候補者は彼らの反感を買わないための努力を厭わない。
イスラエル系圧力団体の中でも重要な組織は、イスラエルへの批判者が対外政策に関連する重要な職に確実に就かないようにすることを実行している。ジミー=カーター元大統領はかつてジョージ=ボールを国務長官に任命することを望んでいたが、彼がイスラエルに批判的と見なされておりそれ故にイスラエル系圧力団体がその任命に反対するであろう事を理解していた。この様に、政策立案者への野心を持つ者は皆、公然とイスラエルを支持することを奨励される。これが、イスラエルの政策に対する公式の批判者が対外政策に関する組織で絶滅危惧種になる理由である。
ハワード =ディーンがアラブとイスラエルの対立においてより公平な立場に立つことを米国に求めた時、ジョセフ=リーバーマン上院議員は彼をイスラエルに対する裏切り者として非難し、彼の発言は無責任であると言った。米国下院民主党の最上層の者はほぼ全員がディーンを批判する文書に署名した。そして、シカゴユダヤスター紙によれば、イスラエルにとってディーンはともかく有害であると十分な証拠もなく警告する電子メールを匿名の攻撃者達が全米のユダヤ系の指導者に送りつけて彼らの受信箱を溢れさせた。
この憂慮は馬鹿げていた。ディーンはイスラエルの問題については実際に強硬派であった。彼の選挙運動の共同議長はアメリカ・イスラエル公共問題委員会の議長であり、ディーンも自分の中東政策は平和を求める穏健な米国人たちのそれよりも、アメリカ・イスラエル公共問題委員会のそれをより反映していると発言していた。彼は単に「面と面を合わせるため」には米国政府は仲介役になるべきと提案したにすぎない。これは決して過激な考えではないが、イスラエル系圧力団体は公平であることを許容しないのだ。
クリントン政権時代、米国の中東政策は主にイスラエルと緊密な関係を持つ担当者や有力な親イスラエル組織によって形成された。その中には、アメリカ・イスラエル公共問題委員会の研究所の元副所長であり、親イスラエルのワシントン近東政策研究所(WINEP)の共同創設者であったマーチン=インディク、 2001年に政府を退職した後にWINEPに加わったデニス=ロス、イスラエルに住んでおり頻繁にイスラエルを訪れるアーロン=ミラーが含まれる。この3 人はいずれもオスロ和平プロセスを支持し、パレスチナ国家の設立に賛成していたが、彼らの行動はイスラエルが許容する範囲内に限られていた。米国の代表団はエフッド=バラクから手がかりを得て、事前にイスラエルとの間で交渉の立場について調整を行い、独自案を提案することはしなかった。パレスチナの交渉者が「二つのイスラエル人集団-一方はイスラエル国旗を掲げ、もう一方は米国国旗を掲げる-と自分達は交渉している」と不満を述べたのは驚きではない。
この状況はブッシュ政権では更に目立つ。ブッシュ政権の上層部にはイスラエルの運動の熱烈な擁護者であるエリオット=アブラムス、ジョン=ボルトン、ダグラス=ファイト、I.ルイス・スクーター(リビー氏の愛称)・リビー、リチャード=パール、ポール=ウォルフウィッツ、デービッド=ウルムサーが含まれる。周知のことだが、これらの担当者は一貫してイスラエルに支持される政策を強く要求し、イスラエル系圧力団体に支援されてきた。
もちろん、イスラエルに対して供与している援助の水準について米国民に疑問を抱かせる可能性があるため、イスラエル系圧力団体は公開討論会を好まない。結果的に親イスラエル組織は国民世論の形成を主に行う公共機関に影響力を行使するために精を出している。
イスラエル系圧力団体の物の見方は主流派のマスメディアでも優勢である。「中東専門家の間の討論はイスラエル批判を想像することすら出来ない人々に占拠されている」とジャーナリストのエリック=オルターマンは記している。彼は反射的かつ無制限にイスラエルを支持すると期待できる61人の特別寄稿者(コラムニスト)と解説者を列挙する。逆に、彼はイスラエルを一貫して批判するかあるいはアラブの立場を承認する専門家をたったの5人しか見つけられなかった。新聞は時折イスラエルの政策に挑戦する特集記事を載せるが、意見の均衡は明らかに逆側にある。このような記事を米国国内で主流派のマスメディアが報道することは想像するのも難しい。
ロバート=バートレイはかつて「シャミル、シャロン、ビビ-彼らが求める物は何であれ、自分にとってはとても素晴らしいことだ」と言った。彼の新聞であるウォールストリートジャーナル紙がシカゴサンタイムズ紙やワシントンタイムズ紙などの他の有力紙と同様に定期的にイスラエルを強く支持する論説をのせることは驚きではない。コメンタリー誌、ニューリパブリック誌、ウィークリースタンダード誌のような雑誌もあらゆる機会にイスラエルを擁護する。
編集上の偏向はニューヨークタイムズの様な新聞でも見られる。そこでは時折イスラエルが批判され、パレスチナ人の不平は正当なものだと認めることもある。しかし、それは公平ではない。ニューヨークタイムズ紙の元編集責任者であったマックス=フランケルは回顧録で、自分自身のものの見方が編集上の決定に与える影響を告白している。「私は自分が大胆に主張したよりもずっと遙かにイスラエルに献身的だった。私のイスラエルに関する知識やイスラエルでの友人関係によって強化された状態で、私は中東に関する論説の大部分を書いた。ユダヤ系よりもアラブ系の読者がより理解している様に、私はそれらの論説を親イスラエルの視点から書いた。」
新聞記事はより公平である。それは部分的には、記者が客観的であろうと努力することによる。しかし、イスラエルの現地での行動を知らないと占領地区の事件を取材するのは困難であることも理由だ。好ましくない報道を阻止するために、イスラエル系圧力団体は反イスラエル的と見なすマスコミに対し投書運動や示威運動、不買運動などを組織的に行う。あるCNNの幹部は、自分は時々報道内容に批判的な6000通の電子メールを受け取ると語った。2003年5月には、親イスラエルの「米国での正しい中東報道のための委員会(CAMERA)」は33都市でナショナルパブリックラジオ局の周りで示威運動を組織的に行った。中東報道がよりイスラエルに同情的になるまでナショナルパブリックラジオ局への寄付を差し控えるよう資金寄付者を説得することも試みた。ボストンのナショナルパブリックラジオ局であるWBURはそのおかげで100万ドル以上の寄付金を失ったという。米国議会にいるイスラエルの友人からは、中東報道に関する監視に加えて内部監査を要求する更に深刻な圧力がナショナルパブリックラジオ局に加えられた。
イスラエル側は実際の政策だけでなく公開討論会を方向付けることに重要な役割を果たすシンクタンクも支配している。イスラエル系圧力団体は1985年に自分自身のシンクタンクを作った。マーチン=インディクはその時WINEPを創設した。WINEPはイスラエルとの繋がりをもみ消そうとするが、中東問題について「公平で現実的な」視点を提供すると主張するどころか、イスラエルの政策を推進することに深く関与した人々によって設立され運営されている。
しかしながら、イスラエル系圧力団体の影響力はWINEPをはるかに上回る。過去25年間に親イスラエル勢力はアメリカンエンタープライズ研究所、ブルッキングズ研究所、安全保障政策センター、外交政策研究所、ヘリテージ財団、ハドソン研究所、外交政策分析研究所、ユダヤ国家安全保障問題研究所 (JINSA)で支配的な存在を確立した。これらのシンクタンクは米国のイスラエルへの支援を批判する者は仮に存在するとしてもほんの僅かしか雇用していない。
ブルッキングズ研究所を例に挙げよう。長年に渡ってそこでの中東政策の上級の専門家は、元 NSC職員で当然ながら公平であるとの評判のウィリアム=クヴァントだった。現在、ブルッキングズ研究所の中東研究部門は、イスラエル系米国人実業家で熱烈なシオニストであるハイム=サーバンにより資金調達されているサーバンセンターを介して運営されている。このセンターの管理者は至る所に顔を出すマーチン=インディクだ。かつては無党派的な政策研究所であったものが、今や親イスラエルの合唱の一部となっている。
イスラエル系圧力団体が最も困難を感じていたのは、大学校内での論争の息の根を止めることだ。1990年代にオスロ平和プロセスが進行中であった時、イスラエルに対する批判は穏やかなものだけであった。しかし、オスロの崩壊とシャロンの政権奪取とともにそれはより強いものになり、2002年の春にイスラエル軍がヨルダン川西岸を再占領し、大量の人員を動員して第二次インティファーダを鎮圧した時には非常に騒がしいものになった。
イスラエル系圧力団体は直ちに「大学の敷地を奪還する」ために動いた。イスラエル人の講師を米国の大学に派遣した民主主義の隊商の様な新たな集団が出現した。ユダヤ公共問題評議会やヒレル(ユダヤ人の大学生活のための財団法人 http://www.hillel.org)の様な既設の集団が参加した。イスラエルの主張を提示する事を現在追求する多くの団体を調整するために「大学連合の上のイスラエル」という新たな集まりが作られた。最後に、アメリカ・イスラエル公共問題委員会は大学の活動家を監視し若い擁護者を訓練するための計画の予算を三倍以上に増やした。それは、「全国的な親イスラエルの試みに大学内で関係する学生の数を莫大な数に増やす」ためだ。
イスラエル系圧力団体は教授が何を書き教えるかも監視している。2002年の9月、マーチン=クレーマーとダニエル=パイプスの二人の情熱的な親イスラエルの新保守主義者はウェブサイト(大学観察)を立ち上げた。そこでは容疑者である研究者の人物調査書が投稿され、イスラエルに敵対的であると見なせる発言や行動を報告することが学生に推奨された。学者を要注意人物名簿に載せて恫喝するというこの明白な企ては厳しい反応を引き起こし、パイプスとクレーマーは後日その人物調査書を削除した。しかし、ウェブサイトは未だに学生に「反イスラエル」の行動を報告することを勧めている。
イスラエル系圧力団体は、特定の学者や大学にも圧力を加える。コロンビア大学が最も頻繁に標的とされたが、それは最近までエドワード=サイードが教授陣に在籍していたためであることは疑いがない。元学務担当副総長のジョナサン=コールは「傑出した文芸批評家であるエドワード=サイードがパレスチナの人々を支持するあらゆる公的声明が、我々にサイードを糾弾し、制裁又は解雇することを要求する何百もの電子メール。手紙、新聞や雑誌の記事を誘発していると我々は確信する。」と報告した。コロンビア大学が歴史家のラシッド=ハリディをシカゴ大学から招聘した時も同じ事が起きた。それは、数年後にコロンビア大学を辞任するハリディを口説くことをプリンストン大学が考慮した時にも起きた問題であった。
学問の世界を取り締まろうとする努力の古典的な実例が2004年の年末に起きた。デービッド=プロジェクトが、コロンビア大学の中東研究の教授陣は反セム的であり、イスラエルのために立ち上がったユダヤ系の学生を脅迫していると断言するフィルムを制作したのだ。コロンビア大学は叱りつけられたが、告発の調査を任命された教授会の委員は反セム主義の証拠はないことを見いだした。唯一記録に値するであろう事件は、ある教授がある学生の質問に「怒りを持って返答した」ことであった。その委員は、該当する学者達自身が明白な脅迫作戦運動の対象であったことも発見した。
これらの中で最も有害であった点は、おそらく、ユダヤ系の集団が米国議会に教授の発言を監視する機構を設立するよう圧力をかけたことであろう。もし彼らが何とかこの議案を可決させるならば、反イスラエル的な偏向があると判定された大学は連邦政府の資金援助を拒否されていただろう。彼らの努力は失敗に終わったが、討論を支配することの重要性を示す証拠となっている。
数人のユダヤ系慈善家は、大学にイスラエルに友好的な学者の数を増やすために、(およそ130ものユダヤ研究所が既に存在するのに付け加えて)最近イスラエル研究所を設立した。2003年5月、ニューヨーク大学はタウブイスラエル研究センターの設立を発表した。同様の計画はバークレーやブランダイス、エモリーでも設立された。これらの研究所の責任者はその教育的価値を強調するが、実際には大部分はイスラエルのイメージをよくすることが狙いである。タウブ財団の代表であるフレッド=ラッファーは、ニューヨーク大学の中東研究で有力であるアラブ的な視点に対抗するのを助けるために財団を設立したことを明らかにしている。
反セム主義であるという告発、という最も強力な武器についての説明を、イスラエル系圧力団体に関する議論から省くことはできない。イスラエルの行動を批判する者、親イスラエルの集団が米国の中東政策に重大な影響力を持っていること-アメリカ・イスラエル公共問題委員会が祝福する影響力である-を議論する者は誰でも、反セム的と名付けられる十分な機会を持つ。事実、イスラエルの報道機関が米国でのイスラエル系圧力団体の存在に言及しているにもかかわらず、イスラエル系圧力団体が存在するとしか主張しない人間も皆、反セム的であると告発される危険を負う。言い換えれば、イスラエル系圧力団体は最初はその影響力を豪語し、その後でそれに注意を促そうとする人は誰でも攻撃する。これは非常に有効な戦術だ。反セム主義は誰も批判されたくない事柄だ。
欧州人は米国人に比べてより自発的にイスラエルの政策を批判する。それを欧州での反セム主義の復活のせいにする人もいる。2004年の初めに米国の駐EU大使は「我々は 1930年代と同じぐらい悪い状況に到達しつつある」と述べた。反セム主義を測定することは複雑な事柄であるが、重要な証拠はそれとは逆の方向を示している。欧州の反セム主義に対する非難が米国で溢れていた2004年の春、米国に基盤を持つ反名誉毀損同盟とピュー調査センターが別々に人々や報道機関に行った世論調査では実際に衰えていることが分かった。対照的に、1930年代には反セム主義は全階級の欧州人に広く広まっていただけでなく、非常に結構なことだと見なされていた。
イスラエル系圧力団体とその友人達はフランスを欧州で最も反セム的な国家として描くことが多い。しかし、2003年にフランスのユダヤ人共同体の代表は「フランスは米国よりも反セム的ではない」と語った。最近のハレーツ紙の記事によれば、フランスの警察は、2005年には反セム主義の事件はほぼ50%減少したと報告している。フランスが欧州の国々の中で最大のイスラム教人口を抱えるにも関わらず、だ。最後に、一人のユダヤ系フランス人がイスラム教の悪党に殺された時、数万人の示威運動者が通りに溢れて反セム主義を糾弾した。ジャック=シラクとドミニク=ドビルパンは共に犠牲者の追悼会に出席して結束を示した。
欧州のイスラム教徒の間に反セム主義が存在することは誰も否定できないし、その一部はイスラエルのパレスチナ人に対する振る舞いやに誘発されているし、一部は素直な人種差別主義者だ。しかし、これは現在の欧州が1930年代の欧州と同様であるかどうかということとは別の事柄であり、ほとんど関連はない。悪性の土着性の反セム主義が欧州に依然として少し存在する(米国でもそうであるように)ことも誰も否定できないが、その人数は少なく、それらの視点は欧州人の大多数から拒絶されている。
単なる断言を越えることを要求されたとき、イスラエルの擁護者は「新たな反セム主義」が存在すると主張する。彼らはそれをイスラエルに対する批判と同一視する。言い換えれば、イスラエルを批判すればあなたは定義上は反セム主義なのだ。英国国教会の宗教会議が最近、パレスチナ人の住宅を取り壊すためにイスラエル人に使われているという理由でキャタピラー社を追放するために投票を行った時、ユダヤ教指導者の代表は「これは英国でのユダヤ教徒とキリスト教徒の関係に最も不都合な反応をもたらすだろう」と苦情を述べた。一方、改革運動の代表であるユダヤ教指導者のトニー=ベイフィールドは「反シオニスト的-反セム主義にほとんど等しい-な態度が草の根に、そして教会の中級幹部にまで出現しているのは明白な問題だ。しかし、英国国教会は単にイスラエル政府の政策に抗議しているから有罪なのだ。」と言った。
批判者はイスラエルに対し不公平な基準を持っているとか、イスラエルの生存権に異議を申し立てているという点でも非難される。しかし、それらも捏造された告発だ。西洋のイスラエル批判者がイスラエルの生存権に異議を申し立てる事は滅多にない。彼らはイスラエル人自身も行っているように、イスラエルのパレスチナ人に対する振る舞いに異議を申し立てているのだ。イスラエルが不公正に裁かれているのではない。イスラエルのパレスチナ人に対する取り扱いが非難を顕在化させているのは、それが広く受容された人権の概念や国際法、そして民族自決権の原則に反しているからだ。そして、イスラエルはそれらを根拠とする鋭い批判に直面する世界でほとんど唯一の国である。