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シオン権力と戦争

【行軍中のシオニスト独裁主義】

草の根的シオニスト主導の独裁主義は、イスラエルとシオニスト権力構造を守る際の弾圧と抑圧、財政的な脅迫を実行しているのだが、米国のあらゆる地域で、社会のあらゆる分野で、文化と学術的な生活で、加速度をつけて現れてきつつある。以下に我々は、国家的な、そしてむしろ国際的な注意を引いている、またはるかに拡大されたパターンを描く、いくつかの小さな例を取り上げてみよう。我々はシオニストによる何百もの脅迫事件と1週間単位で起こる思想コントロールのすべてをカバーするほどのデータ・バンクを持っていない。その犠牲者が仕返しを恐れてそれらを表ざたにできないからだ。あるいはメディアの偏向を与えられる大衆の同情的な注目を受けないためである。非公式な会話の中で作家やジャーナリスト達が私に、地域のユダヤ「著名人士」やユダヤ共同体委員会のメンバーによる「犠牲者」の話を伝えてくれる。例えばイスラエルの恐ろしいレバノン侵略などを勇気をもって批判したコラムニストたちをクビにするように、地域の新聞編集者達に対して要求するといったものである。その種の「訪問」と「お話」の後では、地域のコラムニストの誰も敢えて中東のことについて批判はおろか書くことすらしなくなる。これは米国に限られたことではなかった。2004年のことだが、私がメキシコ市の新聞ラ・ホルナダにある記事を書いた。それはジェナでのイスラエルによる激しいパレスチナ人弾圧および大量殺害への米国シオニストの弁明を批判したものだったが、メキシコのイスラエル大使が編集者のところに訪れ私の記事を公表し続けることを止めるように要求したのだった。当初その編集長はその要求を拒否したのだが、そのすぐ後に彼らはその常連コラムニストたち(一人はトロツキスト、他はユダヤ人の歯医者)を使って数々の激しい個人攻撃を発表し、私の批判記事に対して「シオンの議定書」の線に沿った「ナチ」プロパガンダというレッテル貼りを行ったのだ。これは有名な独立系の進歩的な新聞で起こったことである。

熱狂的シオニストたちによる「私的な訪問」と殺害予告を含む嫌がらせ電話は、「評判の高い」シオン・ファシストの間では一般的とは言えない行為である。ある地方の医者がそのオフィスで狂信的なシオニストの「同級生」による「訪問」を受けたのだが、それは彼女が、イスラエルの政策を批判したジョージア州の議員シンシア・マッキニー(Cynthia McKinney)を選挙で落選させるためにカネをつぎ込んだシオニストの役割を批判する投書を地元紙に送ったことに対する難癖付けであった。彼女は、パレスチナ人の市民権を支援する政治家、特に黒人の政治家を打ち倒す組織的なユダヤの活動を批判することが反ユダヤ的(anti-Semitic)であると「警告され」た。彼女は次のように言われたのだ。アフリカ系米国人たちは米国ユダヤ人にとって次第に不愉快なものになっているが、ユダヤ人は彼らの市民権獲得を指導し資金を与えた、だから歴史的な教訓を与えてやる必要がある・・・。当地のある著名人「グループ」がこのメッセージを与えるためにハーバード大出身のシオニストである彼女の同級生を選んだのである。彼が自分自身を「一人のユダヤ人であり一人のシオニストである」と次げたときに、彼女は自分が「一人の反ファシストであり一人の反シオニストだ」と切り返し、そして出て行くようにドアを指さしたのだが、しかし、高い専門家の地位にある教養ある者がどうして同級生を検閲するような下品な作業をできるのかと彼に問うのを忘れていた。「評判の高い」シオニストによるこのようなタイプの「訪問」はより立場の低いより腹のすわっていない者達を脅しつけるものである。

私の著作である『米国におけるイスラエルの権力(The Power of Israel in the United States)』の原稿を見せたときに、以前から私の本の出版を引き受けていた編集人たちの多くは私にこう言った。これは素晴らしい本だ・・・しかし・・・自分達はシオニスト権力構造、ユダヤ人学者、契約している作家と出版社から予想される反発や脅迫や叱責を受けたくはない・・・。最終的に私の作品の出版を引き受けてくれた出版社と編集人でさえもシオニストの怒りを心底恐れていた。そして結果として12名かそこらのユダヤ人学者がその出版社に対して授業で使う本の注文を断ったのである。

米国社会でイスラエルとシオニスト権力構造に対する批判者を黙らせ排斥するシオニストの作業で、最も有名なものの一つが、バーナード大学で千人を超えるシオニストの学生が大学当局に、ナディア・アブ・エル・ハジ教授の教官契約を打ち切らせたキャンペーンがある。彼女が‘Facts on the Ground’を出版したためである。それは聖地での何世紀にもわたるパレスチナ人の存在を削除するイスラエルの考古学者たちによる作業に対する、大地を引き裂くような激しい批判だったのだ(Chronicle of Higher Education、2007年8月5日)。

もっと最近では、コロンビア大学に対するイラン大統領【訳注:原文では“Iranian Prime Minister”となっているがこれはおそらく誤りであろう】マフモウド・アーメディネジャッドへの招待を破棄するように求める大衆的なキャンペーンがあった。その結果、コロンビア大学学長による前例のない侮辱に満ちた紹介の挨拶が行われたのだ。

成功した英国の演劇である「私の名前はラケル・コリー(My Name is Rachel Corrie)」は殺害された米国の活動家【訳注:Rachel Corrieは2003年3月16日にパレスチナ支援活動に向かったガザでイスラエル軍のブルドーザーによって殺された】の著述をベースにしたものだが、ニューヨーク、マイアミそしてトロントで予定されていた公演が中止させられたが、それは大西洋両岸の劇場支配人と俳優達を狼狽させた。ラケルの言葉が祖国の文化中心地で排撃された一方で、この若い女性を殺したイスラエル兵士はイスラエルで無罪とされたのだ。

もっと最近でも、シカゴ外交問題委員会はシオニスト・ロビーの圧力に屈して、政治学者として著名な教授たちであるジョン・ミアシャイマーとステファン・ウォルトの講演をキャンセルした。彼らの批判的研究「イスラエル・ロビー」のためである。

そのリストの続きに、カリフォルニア州サンディエゴでのマーケル・カリフェ(Marcel Khalife)のコンサート中止が挙げられる。そしてノーベル平和賞受賞者で南アフリカの司教デスモンド・ツツの招待がキャンセルさせられた。彼が占領地でのアパルトヘイト政策でイスラエルを非難したからである。

作家のスーザン・アブルハワ(Susan Abulhawa)が発表しようとした興味深い小説「ダビデの傷(The Scar of David)」がニューヨークのベイサイドにあるバーネスとノーベル書店から出版されるのを妨げたキャンペーンが成功した。その後で、この著者に対するインターネットを使った攻撃によって、予定していた公演ツアーを封じてしまったのだ。この親イスラエルの攻撃は14人のラビとクイーンズ地区ユダヤ・コミュニティ委員会の代表者によって率いられたものだ。

ミシガン大学出版はジョエル・ケルヴィンの「シオニズムを克服して(Overcoming Zionism)」の出版を止めるように圧力を受け、彼の出版社であるプルート・プレスとの契約を妨害した。その後に、この大学出版はプルート・プレスによる本の配布を全てやめるように脅迫されたのである。

最近の米国議会ブルーリボン委員会公聴会は、USSリバティ号に対するイスラエル軍の攻撃(イスラエル・ロビーの圧力で40年間も公式な調査を妨げられていたのだが)についての調査にようやく手をつけたのだが、100名を超える米国兵士を殺害し不具にしたイスラエルの罪を発見した。この画期的な発見は議会記録としては公表されたが、印刷・放送メディアには一度も登場しなかった。

国連解決案に違反するレバノン、シリア、パレスチナに対するイスラエル軍事攻撃は、米国議会によって次の10年間に300億ドルの軍事援助の追加を贈呈された。これは米国による毎年の「イスラエルへの献金」を年に60億ドルを超えるものにさせたのである(NYタイムズ、2007年8月16日)。米国国内で貧しい子供達に対する保健の計画と教育業務での予算不足とカットが記録されるときに、イスラエルに追加の300億ドルを与えるための投票が、事実上反対無し、質疑すら行われずに通過したのだった。

オーストラリアのジャーナリストでドキュメンタリー製作者であるジョン・ピルガー(John Pilger)は、「パレスチナは依然として問題だ(Palestine is Still the Issue)」と題する徹底的なイスラエル批判映像を製作し、これは世界中で視聴された。しかしサンフランシスコの教育チャンネルでの放映はユダヤ・コミュニティ問題委員会に率いられるキャンペーンによって妨害された。

レバノンのキリスト教徒詩人であるカヒル・ギブラン(Kahil Gibran)の名をとったニューヨーク市にあるアラブ語・英語のバイリンガル公立中高学校がシオニスト権力構造によって攻撃され(NYタイムズ、2007年8月11日)、アラブ系米国人の校長を解雇させられるはめになった。彼女の「罪」はアラブ語の「インティファーダ」を、占領地でのパレスチナ人人権運動に対する罵詈雑言の代りに「(悪などを)振り払うこと」と翻訳したことだった。シオニストが支配する全米教員協会は、彼女の思想犯罪を弁護する一人の協会メンバーに対する激しいパージを後押ししたのだ。

州立サンフランシスコ大学で、サンフランシスコ・ユダヤ・コミュニティ問題委員会の幹部に率いられたキャンペーンが行われたのだが、これは有名なパレスチナの漫画キャラクターでイスラエル占領者達を前に反抗する小さな少年の壁画を叩くためのものだった。問題となったのは鍵を手に持った一人の子供であり、地域のユダヤ人指導者によれば、これは「パレスチナ人がイスラエルに帰還する権利という包み隠された意味」を現していたのだ(Jewish Forum、2007年8月10日)。

最も激しくそしてうまく成し遂げたシオニストによるパージ・キャンペーンの一つとして、シカゴのデュ・ポール大学に対して、極めて尊敬を受けるノーマン・フィンケルシュタイン教授の契約延長を拒否させるために行われたものがある。ハーヴァード大学法学教授であるアラン・ダーショウィッツに率いられたこのパージは、イスラエルに関する、そしてシオニスト権力構造の目的を推し進めるためのホロコーストの利用に関する、フィンケルシュタインの数多い批判的学術研究に対する直接の返答だった。

イェール大学の3名の学術委員による提言にもかかわらず、シオニスト億万長者の資金提供者たちは名声高い中東問題のスペシャリスト、フアン・コウル(Juan Cole)教授の指名を妨害することができた。この億万長者達は資金援助を辞めると脅し、数多くのシオニスト教授たちがコウル教授に対するヒステリックな攻撃を準備したのだった(2006年6月1日)。

多くの州立の年金基金に圧力をかけてイランと取引をする全ての会社から投資を引き上げるようにさせ、その資金をイスラエルの国債に投資するように圧力をかけるキャンペーンが盛り上がった。これはテキサス、フロリダ、ニューヨーク、ニュージャージーで非常に成功した。数多くの州知事がシオニスト持ちのイスラエルへの物見遊山旅行によって「説得された」のである(Houston Chronicle、2007年7月18日を見よ)。これらの旅行の間に、ニュージャージー州の不名誉な州知事マッグリーヴィはあるイスラエルの工作員と会って彼とホモセクシュアルの関係を結び、後に彼をニュージャージー州の「祖国安全保障」長官として就任させた。それはFBIが捜査するまでであった。マッグリーヴィはそのイスラエル人、ゴラン・シパル(Golan Cipal)を脅迫で告発した後、知事を辞任したのである。

反名誉毀損同盟(ADL)は親イスラエルの伝動ベルトだが、唯一のイスラム教徒議員であるキース・エリソン(Keith Ellison)に対して、ブッシュ政権のやり方を敢えてナチスと比較したことで、無理やりに自説を撤回させ恥をかかせた(Jewish Telegraph Agency、2007年7月20日)。マッキニー議員の件と同様に、シオニストのアフリカ系米国人政治家に対する「懲罰」は特に激しいのだ。

全米ユダヤ委員会(the American Jewish Committee)に率いられる主要なシオニスト組織は主だった米国労働組合の官僚専従どもを動かして、英国の労働組合有志が行ったイスラエル・ボイコットを非難させた(Jerusalem Post、2007年7月22日)。労働組合AFL-CIOはシオニスト権力構造の掌握下にあり、そのメンバーの年金基金50億ドルを使って、常に市場価値を下回っているイスラエル国債を購入した。こうしてその1200万人のメンバーに毎年数億ドルの投資収益分を負担させているのである。

マックギル大学の宗教学部長で親イスラエル活動家であるバリー・レヴィン(Barry Levin)は最近、15年間勤めてきたノーマン・コーネット(Norman Cornelt)教授をクビにした。パレスチナ人の人権運動を支援したからである。

全ての主要な新聞は社説と口汚く罵るブック・レビューを書いて元大統領ジミー・カーターの批判的な研究「パレスチナ:アパルトヘイト無き平和(Palestine: Peace Not Apartheid)」を攻撃した。これは主要なシオニスト組織とアラン・ダーショウィッツを含む有名人たちによって整えられた最優先のプロパガンダ・キャンペーンの一部であった(Washington Report on Middle East Affairs、2007年4月)。

著名なユダヤ人作家でニューヨーク大学教授のトニー・ジャット(Tony Judt)はポーランド領事館での談話に招待を予定されていたのに断られた。彼がイスラエルの政策を批判していることにシオニストが反対したためである。

カナダのバンクーバーのブナイ・ブリスは、‘Peace, Earth and Justice’と呼ばれるカナダのウエッブ・サイトを攻撃してイスラエルを批判する18の記事を無理やりに取り除かせた。

2007年の初めごろにシオニスト権力構造は米国市民権委員会に入り込み、反シオニズムを反ユダヤ主義と等しいものとする部門を設けた。そして何十もの中東研究学術プログラムを大学での「反ユダヤ主義」の拠点であると中傷した。重要な研究グループである北米中東研究協会は2007年6月11日に筋を通した論駁を書いた。

マサチューセッツ州ロクスベリにあるイスラム教徒コミュニティのためのモスク建設計画は、大ボストンユダヤ人コミュニティ委員会と結び付いたシオニストの前衛組織‘David Project’によるキャンペーン攻撃にさらされた。

イスラエルの諜報機関エージェントによる秘密の証言を元にしシオニスト権力構造に支援された「テロリズム」告発が米国イスラム・チャリティーの16名のメンバーに対してなされた。テキサスの裁判所は彼らをイスラエルに対する「犯罪」で刑を言い渡した。被告の多くが米国民であり、米国内で活動するイスラエルの秘密エージェントであるフードを被った告発者を攻撃する何の方法も持っていなかったにも関わらずそうなったのである。被告側の中心だったラフィル・ドーファー(Rafil Dhofer)博士は「イスラエルの」犯罪で22年の懲役判決を受けた。しかし彼は米国でのいかなる罪をも問われることは無かったのである。被告側とその弁護士達は秘密の外国人「証人」に対して全く質問を許されなかったのだ。

大学でのシオン・ファシスト組織はその「小総統」であるデイヴィッド・ホロヴィツ(David Horowitz)に運営されるのだが、彼らはアフリカ人奴隷貿易の「利益」を賞賛しイスラエル人やその米国内の片割れによるイラクとグアンタナモでの拷問の使用と殺人を弁護することによって、恒常的に黒人やラテン系やアラブ系の米国人を挑発する。加えて、シオニズムに対して十分には好意的でない教授たちを詮索し、教え方をスパイし、授業を中断させ、米国中で教官たちや学生たち、大学運営者たちを「反シオニズム」によって告訴するのである。

シオニストがファシズムの戦術に頼り独裁主義的で高圧的な手段を手にしているとはいっても、実際のところ、彼らはいまだに国民社会と政治権力を部分的に掌握しているに過ぎない。シオン・ファシストの力が演ずることの一部は、少なくとも一時的には、特殊な環境の下で討ち破られた。演劇「私の名はコリー」は、ニューヨークやトロントやマイアミでは排斥されたのだが、ロンドンやシアトルなどの勇気ある都市では満員の盛況で上演されたのだ。

ノーマン・フィンケルシュタインは解雇されたが、彼は学術会全体で強力な支持を得ており、学部の一つを臆病にも裏切ったデュ・ポール大学に金銭的な賠償を交渉することができた。何よりも、フィンケルシュタイン教授は再び戦いに戻っている。

ミシガン大学はコウベルの本を配布せざるを得なかったのだが、これは彼の出版社プルート・プレスとの契約を取りやめるように脅迫されたにも関わらずのことである。

教訓は明らかだ。ユダヤ・ファシズム(JF)の勃興は、米国における我々の民主主義的自由に対する明らかで現存する危険を表している。彼らは黒シャツや拳の最敬礼でやってくるのではない。公衆の面前では、髭をそりネクタイをしめピンクの頬をした弁護士であり、不動産寄進者であり、あるいはアイヴィー・リーグの教授である。彼らは拡大イスラエルの利益のために、必死になって一族の非シオニストのメンバーを中東での戦争行為を支持させる。そして彼らは我々にこう告げる。黙れ、さもなければぶん殴るか、コミュニティーから追放するか、職を失うか、もっと悪くすれば・・・。そして、多数の小さな声に対する見せしめ刑が多くの批判の声を低くさせる。ただし最近までは・・・。米国の中で、我々の民主的価値に敵対するその傲慢で独裁主義的で人種主義的な攻撃に対して、シオニスト権力構造に対する怒りと憎しみが持ち上がりつつある。遅かれ早かれ大きな反発が起こるだろう。そしてそれは、言葉や行動を通して米国人の多数派に対する解雇や検閲や脅迫のキャンペーンを行った者達を許すまい。米国国民は彼らの「反ユダヤ主義」という叫びは思い出さないだろう。しかしイスラエルの利益のために米国兵士を何千人も失う中東に送り込んだ件で彼らが果たした役割を思い起こすことだろう。

正義を求める人々が、ペンタゴンや議会や司法省や祖国安全保障省でシオニストによって推し進められた、愛国者法のような法律や、堕落した厳しい尋問(拷問)や、反アラブ/イスラム教徒の行動などと同様の、独裁主義的な手段を用いることのないように期待しよう。シオニズムに反対する者は高いモラルの見地で踏みとどまる必要があるのだ。

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