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コラム

■ 国家破産の歴史

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あまり知られていませんが、日本は明治維新以降、既に2回破産しています。

1回目は1904年(明治37年)から1916年(大正5年=第一次世界大戦中)にかけて。
2回目は1931年(昭和6年=満州事変勃発)から1945年(昭和20年=終戦)までの14年間。
過去二回の破産は戦争がらみで、ハイパーインフレと大増税という荒波を受けました。国債が紙切れになったのは、まだほんの60年前のことなのです。

 第二次大戦直後のインフレ進行を阻止するために、昭和21年2月16日の夕刻、政府は突然、「金融緊急措置令」および「日本銀行券預入令」を公布し、5円以上の日本銀行券を預金、あるいは貯金、金銭信託として強制的に金融機関に預入させ、「既存の預金とともに封鎖のうえ、生活費や事業費などに限って新銀行券による払出しを認める」という非常措置を実施しました。
これが、いわゆる「新円切り替え」と呼ばれているものです。

また、このときに総国民の資産調査が行われ、10万円を超える資産に対し25〜90%の高額な財産税がかけられました。

さらに、郵便貯金は10年間の払い戻し拒否が実施され、払い戻せるようになったときには、貯金は一律3分の1をカットされたのです。10年間で物価は300倍に上がりましたので、ほとんどの人たちの貯金は実質的には900分の2しか戻ってこなかったことになります。

古典派経済学の始祖アダム・スミスは「公債は、税金を担保とする借金で、非生産的であり、国を亡ぼす」と指摘しています。公債に頼った財政は、最終的には、国民の生活が犠牲になるのです。

【2005.8.16】

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