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コラム

■ 南海泡沫株事件 −バブルの起源−

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かつて英国では、株式会社は堕落と醜聞の温床になると懸念され、1720年に株式会社を不法としました。そのきっかけになったのが「南海泡沫株事件」です。

1711年、イギリスでロバート・ハーリー伯爵により南海株式会社が設立されました。
南海とは南アメリカ大陸の海岸のことで、この会社はイギリス政府によって南アメリカ大陸との貿易の独占権が与えられました。この時期、イギリスではスペイン継承戦争の時期に生じた政府債務が問題になっていて、英国債の引き受けをおこなう見返りに、南海株式会社は貿易の独占権を手に入れたのです。

当時、東インド会社が、目覚しい利益をあげていたこともあり、南海株式会社の株に人気が集まりました。イギリスは強大になりつつある国家であり、多くの人が富を蓄えていたという背景もあって株価が急騰します。株価が急騰することによって、突然、多くの人が金持ちになり、それを見た他の人々も「我も我も」とこのブームに殺到し、ますます株価を押し上げたのでした。

1720年の1月には128ポンドだった株価が、6月には1050ポンドにもなりました。しかし、当時の南アメリカ大陸はスペインの支配下にあり、イギリスと南米との貿易の拡大は現実にはありえなかったのです。南海株式会社は、ほとんど事業による利益をあげていませんでした。また、将来的にも発展する見通しはなかったのです。南海株式会社の実態は、次第に皆が知ることとなりました。

ところが、この南海株式会社の株騰貴によって、他にも多くの同じ様な模倣者が多く生み出されていきました。
まともな会社としては、馬に保険をつける会社、石鹸の製造技術の改善を図る会社、牧師館および教区牧師の家を修繕・改築する会社、私生児を受け入れて養育するもしくは病院を建てる会社などがありますが、毛髪の取引をする会社とか、水銀を可搬性の純金属へ変換する会社とか、永久運動を開発する会社とか、海水から金を取得する会社とか、或いは「大いに利益になる事業をするのだが、それが何であるか誰も知らない」という不滅の会社、等々、まるで冗談のような会社が続々と設立されたのです。

この便乗商法の動きに政府が待ったをかけました。
1720年7月には泡沫会社禁止法(バブル法)なる法律が制定され、南海株式会社以外の「株式会社」を禁じる処置を打ったのです。この法律は南海株式会社の株価を維持するための方策でもありましたが、その努力も空しく、南海株式会社の株価は8月に頭打ちとなり、同年12月には124ポンドにまで暴落していきます。その結果、多くの人が破産し、イギリス経済は大混乱となりました。
責任者の追求が始まり、南海株式会社に関与した多くの人が、自殺をしたり、財産を没収されたり、刑務所に入れられたのです。

この「南海泡沫株事件」が語源となり、のちに「バブル」といわれるようになりました。

【2005.8.31】

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