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<第3章 国際金融資本に支配される世界>日本人が知らない 恐るべき真実

第3章 国際金融資本に支配される世界−目次>>世界最大の金融財閥ロスチャイルド一族

世界最大の金融財閥ロスチャイルド一族

<2005.09.03>

世界の金融、石油、情報機関、原子力、軍事、政治、食品、メディアを支配するといわれるロスチャイルド一族。

次々と有力な実業家、政治家、貴族、他の銀行家や財閥たちと閨閥(妻の親類を中心に結ばれている勢力)をつくりながら、世界の産業界に君臨していくその壮大な物語は、広瀬隆氏の著書『赤い楯−ロスチャイルドの謎』(集英社)に詳細に描かれています。

経済が政治を動かす現代にあって、有力なマスコミを傘下におさめ、多くの多国籍企業を抱える同家の力は計り知れないものがあり、国際政治を左右する重要な要素であると思いますので、広瀬隆氏の著書より要約してロスチャイルド一族についてご紹介したいと思います。

ロスチャイルドの歴史

ロスチャイルド家発祥の地は、ドイツのフランクフルト。ゲットーと呼ばれるユダヤ人の居住地区からこの一族の歴史は始まりました。
当時、市民権すらもあたえられていなかったこの一族は、細々と両替商をしながら生活していました。しかし、一族の初代マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、古銭集めという共通の趣味から、ドイツの名門貴族ヘッセン家のヴィルヘルム9世と知り合い、やがて一緒にビジネスを始めるようになります。

時は18世紀後半の戦乱の時代。この時、高利貸しと呼ばれる金融業に身を投じたマイヤーは、戦乱のヨーロッパ大陸を死の商人として駆け回り、莫大な自己資金を得ることに成功します。その後、マイヤーの5人の息子たちがヨーロッパ諸国へと散っていきます。

1764年・・・初代マイヤー・アムシェルがドイツ・ロスチャイルド商会創設
1804年・・・三男ネイサンがイギリス・ロスチャイルド商会創設
1817年・・・五男ジェームズがフランス・ロスチャイルド商会創設
1820年・・・次男サロモンがオーストリア・ロスチャイルド商会創設
1821年・・・四男カールがイタリア・ロスチャイルド商会創設

パリのジェームズとウィーンのサロモンが協力してヨーロッパ全体をカバーする通信と馬車輸送のネットワークを作り上げ、そこから誰よりも早く得られる情報を利用してロンドンのネイサンが金や通貨の投機をして大儲けするという兄弟ならではの連携プレーをし、今日の国際金融ビジネスの原型を作り上げました。

この頃は、ちょうどナポレオンの全盛期の頃にあたり、全ての国の国王や実力者が、いつなんどき引っくり返るかわからない時代において、5人兄弟の5カ国連合商会はリスクヘッジとしての性格も帯びていました。

三男ネイサンの大活躍

イギリスへと渡ったネイサン・ロスチャイルドは、1810年にロンドン証券取引所の支配者フランシス・ベアリングが亡くなると、新しい支配者となり、世界一の金融王としてイギリスがヨーロッパ同盟諸国に提供した4200万ポンドの資金の半分を調達するまでになりました。

そして1815年、ネイサンは世紀の大もうけに成功します。皇帝ナポレオン率いるフランス軍と、イギリス=オランダ=プロイセン連合軍が戦ったワーテルローの戦いが起こりました。この戦争は、仮にイギリスがフランスに負ければ、大陸のパワーバランスが崩れ、イギリスの大陸における利権が一気に失われかねないということで、非常に大きな意味を持っていました。

この時、イギリスは国債を発行することによって対ナポレオン戦争の軍資金を調達していました。イギリスが負けることになれば、当然、イギリスの国債は大暴落してしまいます。投資家たちは、皆、戦争の行方を固唾を呑んで見守っていました。

そして、戦争終結から数日後、イギリスの国債は大暴落しました。その理由となったのは、ネイサン・ロスチャイルドでした。その日の朝、ロンドン取引所の持ち場にいたネイサンは、青ざめ、疲れきった顔をして、急に国債を売り始めたといわれています。ネイサンは、イギリスに対して莫大な投資を行っており、また独自の情報ネットワークと情報を素早く手に入れるための手段(個人の快速船など)を有していることが知られていました。そのため、ロンドンの市場関係者たちは、「ロスチャイルドが債権を売っているということはイギリスが負けたのだ」と考え、われ先にと債権を売り始め、最終的に国債は大暴落したのです。

しかしながら、実際はナポレオンがイギリスに敗北。当然、戦勝国であるイギリスの国債は、大暴落した次の日には、イギリス勝利の情報とともに暴騰しました。しかし、その時はネイサンがイギリス国債を大量に買い漁った後だったのです。誰よりも早く、そして密かにイギリス勝利の確かな情報を手に入れていたネイサンは、イギリス国債を売りまくり、イギリス敗北を偽装するかたわら、秘密の代理店を使って、紙屑同然の値段の国債を買いまくっていたのでした。

この出来事により、多くの投資家と、ほぼ全ての名門の家系が破産し、対してネイサンは約100万ポンドの利益を得たといわれています。これは、当時のお金の価値では天文学的な数字で、この日の儲けで彼の財産は2500倍まで膨れ上がったともいわれています。このことはのちに「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが、実際に勝ったのはロスチャイルドだった」という諺となって残っているそうです。

ヘッジ・ファンドの元祖

敗戦国フランスがイギリス同盟国に支払う賠償金の総額は7億フランに達しました。この支払いを公債として引き受けたのがフランス・ロスチャイルド商会のジェームズ・ロスチャイルドです。彼は、この公債を売却して得たお金をヘッジ・ファンドと同様に投機家の貸付けに流用しながら、年間50%の利息を稼いだといわれています。

1820年代に入ると、ほとんどの大国の大蔵大臣がロスチャイルド5人兄弟に買収され、公債を発行して国の借金をつくっては、その2倍近い金額をロスチャイルド商会に支払うという取引がおこなわれました。相争うイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアの5カ国の対立構造の隙間を巧みに泳ぎ回り、プラスとマイナスの両者に投資して、必ずトータルでプラスにするという今日のヘッジ・ファンドの手法で、利益を一手に独占したのです。

巨大化する資本

1822年、兄弟5人が揃ってハプスブルグ家のオーストリア皇帝から男爵位を授与されました。当時、迫害されていたユダヤ人としては異例の出来事です。当時のヨーロッパ諸国のすべてがロスチャイルド商会をあてにするようになり、ヨーロッパ全土の王室がロスチャイルド家にお金を借りにきました。

そうした結果、1815年当時、5つのロスチャイルド商会の資産総額は333万フランでしたが、3年後には4200万フランとなり、10年後には1億1840万フランにも膨れあがりました。この額は自己資本だけの控えめな計算で、実際は1億6500万フランを超えていたといいます。このうちパリ・ロスチャイルド商会の推定資産は3700万フラン。パリ第2位のラフィット銀行が700万フラン。ナポレオンが設立した発券銀行であるフランス銀行でさえ6000万フランの時代ですから、ロスチャイルド商会の総資産1億6500万フランがいかに大きかったかがわかります。

世界に広がるロスチャイルド一族

その後、ロスチャイルド家は世界経済、ひいては世界史に対して、密かに大きな影響を与えていくことになります。

1836年、ネイサン・ロスチャイルドは58歳で死亡しましたが、翌年、フランクフルト・ロスチャイルド商会は米国に代表者としてオーガスト・ベルモントを派遣しました。オーガストは黒船で浦賀に来航したペリー提督。【※1】の娘と結婚。ペリー家はモルガン家と結びつきボストン財閥を形成します。また、オーガスト・ベルモントの息子オリヴァーは、大富豪ヴァンダービルト家の元夫人と結婚。着実に米国社会に入り込んでいきます。【※2】

ちなみに、太平洋戦争勃発まで駐日米国大使を務めたジョセフ・グルーも、ペリー一族でした。
また、ロスチャイルドは、もう一人の代理人ジェイコブ・シフのクーン・ローブ商会を通じて、ロックフェラー、ハリマン、カーネギーらに資金を提供して、これらを巨大財閥に育成しました。
ユダヤ人嫌いで有名なJ・P・モルガンもロスチャイルドから資金提供を受けて育てられた財閥だったのです。

ネイサンの息子ライオネルの時代に、ロンドン・ロスチャイルド商会は18ヶ国の債券16億ポンドを取り扱っていますが、これは現在価値でいうと、ほぼ10兆円にも達する金額です。彼らはロシアに君臨した女帝エカテリーナ二世の後継者であるアレクサンドルと皇帝二コライの財政にも入り込みます。

パリの末弟ジェームズはフランスの8大鉄道で12の重役ポストを占めて鉄道王となりました。彼が1868年に死去した時の遺産は6億フラン以上。6億フランは、フランス国内の他のすべての金融業者の資産総額より1億5000万フランも多いと推定されています。

史上最大の大富豪

ロスチャイルド商会は、オーガスト・ベルモントの活躍でアメリカに広大な利権を広げ、ロンドン一族も国際的な事業に乗り出しました。1875年エジプトがスエズ運河の株を売りに出そうとしているのを知ったイギリスは、フランスに先手を打って急いで購入しようとしましたが、イングランド銀行からお金を引き出すには国会の承認が必要でした。一刻を争う事態に当時の首相ディズレリはニューコートのライオネル・ロスチャイルドのもとに急使を飛ばし「明日までに400万ポンドを貸してください」と頼みました。ライオネルが「担保は」と尋ねると「イギリス政府です」と使いが答えたので「結構です」と言って、たちまちポンと400万ポンドを揃えて17万6000株を購入し、イギリスがスエズ運河の最大株主となったといいます。

ちなみにイギリスの三枚舌政策【※3】として悪名高い、パレスチナでのユダヤ人国家建設を約束した「バルフォア宣言」【※4】をイギリス政府に行わせたのは、このライオネルでした。

19世紀の100年間でロスチャイルド一族が得た富は、4億ポンド超えると推定されています。大英帝国の歴史上、最大の富豪はヴィクトリア女王でしたが、女王の資産は最大でも500万ポンドと推定されています。ロスチャイルド家は、全員がヴィクトリア女王の何倍かを所有していたのです。4億ポンドは現在価値でいうと800億円になります。それから100年間の利回りで、時価の変化をまったく無視しても、自動的に現在では200兆円に増大していることになります。

日露戦争とロスチャイルド

ロスチャイルド家は日本の歴史にも影響を与えています。20世紀初頭、朝鮮半島の利権の対立から、日本は大国ロシアと戦うことになります。もし、負けることになれば、朝鮮半島はロシアの手に渡り、日本が列強の仲間入りを果たすことを阻まれるどころか、他のアジアの国々のように、日本も列強の植民地の一つになりかねません。負けることは許されませんでした。しかし相手は大国のロシア。戦争当初からの日本の目的は「ロシアと引き分ける」ことだったそうです。

新興国であった日本に、ロシアのような強大国と争うだけの資金力があるはずもなく、当時の日銀副総裁、高橋是清は、戦争の資金集めにアメリカやヨーロッパを奔走しました。この時、日露戦争において、日本が勝つと考えていた人はほとんどおらず、アメリカでの資金集めに失敗した高橋はヨーロッパへ行き、ロスチャイルド家に援助を要請しました。ロスチャイルド家はロシアの南下政策をよしとせず、また、ユダヤ人を迫害する傾向のあるロシアを嫌ってはいたものの、ロシア国内にバクー油田の利権などを抱えており、表向き全面的な協力をすることはありませんでしたが、それでも高橋の目標額の半分である500万ポンドを負担してくれました。

高橋に大きな援助をしたのはヤコブ・シフというユダヤ人でした。クーン・レーブ商会を率いる彼は、高橋に500万ポンドという多額の融資を行い、他のユダヤ人にも日本国債を買うことを勧めました。最終的に高橋は、日露戦争中8200万ポンドもの戦費を調達します。

ところで、このシフですが、実はロスチャイルド家につながりを持つ人間でした。高橋にシフを紹介したのも、他ならぬロスチャイルド家でした。ロスチャイルド家は日露戦争中、シフを通して裏で日本国債を買い漁り、最も利益を上げたのです。

現在のロスチャイルド

第一次世界大戦後の時期は、ユダヤ人にとって悪夢のような時期であったといえますが、ロスチャイルド家にとってもそうでした。実際、第二次世界大戦後、ロスチャイルド家の五人兄弟の家系の内、本家が残っているのはイギリスとフランスだけでした。そのため、第二次世界大戦後、一族は没落したといわれています。しかし、実際の所はどうなのでしょうか。

【通信】
タイムズ(新聞)
ザ・サン(新聞)
ロイター通信(通信社)
AP(通信社)
※世界の情報はこの上記通信社2社から発信
ABC・NBC・CBS放送(アメリカ三大ネットワーク)
【石油】
ブリテッシュ・ベトロリアム(石油会社)
ロイヤル・ダッチ・シェル(石油会社)
【金属・重工業】
ビッカース (兵器)
ダッソー(兵器)
アームストロング(兵器)
シュットーデル(兵器)
ミノルコ(金属)
モンド・ニッケル モンド社(アルカリ)
【その他】
フィリップ・モリス(米最大のタバコメーカー)
ローマ・ブーラン(仏最大の総合科学・製薬メーカー)
デビアス(鉱物会社=ダイヤモンドを独占)
リオ・チント・ジンク(鉱物会社=金・ウランをほぼ独占)
【食品】
ネッスル(コーヒー)
ユニリーバ(食品)
ブルックボ ンド(紅茶)
【銀行・保険】
フランス銀行
イングランド銀行
パリ国立銀行
スエズ金融
香港上海銀行
ウェストミンスター銀行
ルイ・ドレフェス商会
ソロモン・ブラザーズ
リーマン・ブラザーズ
カナダロイヤル銀行
アラブ投資銀行
モントリオール銀行
ジェネラル銀行
ブリュッセル・ランベール
ウェストバンク
etc.

これらの会社は有名な多国籍企業ですが、全てロスチャイルド系の企業です。

他にも、世界最高級ワインとして名高いシャトー・ムトン・ロチルドはロスチャイルド家のワインであること(ロチルドはロスチャイルドの仏名、ちなみにロスチャイルドは英名で、ロートシルトが独名で"赤い楯"を意味します)は、非常に有名です。
また、ロンドンで世界の金の価格を毎日決めているのもロスチャイルド一族の人々です。

伝説は続く

1949年6月30日にパリ証券取引所で一つの事件が起こりました。その日、何の理由もなく、リオ・チント・ジンク、ロイヤル・ダッチ・シェル、ル・ニッケル、デビアスという4大銘柄が、一斉に大暴落したのです。
原因はギイ・ロスチャイルドの父エドゥアールが81歳で死去したことにありました。パリ・ロスチャイルド銀行の主だったエドゥアールとはいえ、この高齢で実業に関与しているはずもなく、無関係なはずだったのですが、彼の死去と株価は遺産相続人にとって重大な関係を持っていました。遺産にかかる相続税のうち、エドゥアールが保有していた株への課税は、死亡時の証券の時価によって算定されるからです。4大銘柄はロスチャイルド株であり、一族が持ち株の価値を暴落させることによって、遺産相続にかかる税金が大幅に抑えられたのです。翌日には、一族が買い戻し、株価はたちまち回復しました。

以後、ロスチャイルド一族は現在の世代に継承され、さらに新しい屋敷と別荘を次々と建設してきました。1901年に閉鎖されたフランクフルト・ロスチャイルド銀行は、1989年、ほぼ90年ぶりにオープンし、かつてのロスチャイルド邸の敷地に隣接して、ヨーロッパ中央銀行が建ち、99年1月1日にヨーロッパ統一通貨ユーロが誕生しました。

このロスチャイルド一族の歴史だけをみても、いかに国家が金融資本に頼り、国政を左右されてきたのかがご理解いただけると思います。

ロスチャイルド家だけでなく、

ロックフェラー家(石油王)
モルガン家(金融王)
カーネギー家(鉄鋼王)
デュポン家(死の商人)
ヴァンダービルト家(鉄道王)
アスター家(不動産王)
等々、
世界の大富豪の多くは1800年代に生まれ、国家をも超えるその莫大な資金が、今も世の中に多大な影響を与え続けているのです。

【※1】ペリー提督 ペリー提督の弟ナサニエル・ペリーの孫娘ジョセフィーンの夫は、2代目ジュニアス・スペンサー・モルガンといい、全米一の金融王J・P・モルガンの甥でした。彼らが形成したボストン財閥ペリー家の子孫ウィリアム・ペリー氏が、1994年からクリントン政権の国防長官となりました。
【※2】 ロスチャイルド商会アメリカ代表となった銀行家オーガスト・ベルモントは、のちにベルモント商会を設立。大富豪となり、1856年には民主党の党首にまで上りつめ、約20年間、その地位にとどまりました。
ベルモント商会は、代々同名の長子であるベルモント一族によって経営され、オリヴァーの兄にあたる2代目は30を超える企業と銀行で社長と重役を務めました。1904年にニューヨーク市に開通した最初の地下鉄は、このロスチャイルド商会の資金で建設され、大リーグでニューヨーク・ジャイアンツの前身となったメトロポリタンも、この2代目ベルモントの資金で創設された野球チームです。4代目オーガスト・ベルモントは投資銀行ディロン・リードの社長と会長を1973年まで10年以上に渡り務めました。そして、この4代目がディロン・リード社で長いあいだ育て、後継会長に据えた人物がニコラス・ブレイディー氏で、ブレイディー氏は88年からレーガン政権、89年からブッシュ政権の財務長官となりました。
ちなみに、この混乱の原因をつくったマクマホン、マーク・サイクス、ジョルジュ・ピコ、バルフォアの四人は、なんと全員がロスチャイルド一族だったのです。
【※3】三枚舌政策 英国は大戦を有利に進めるために、アラブ人の民族独立運動を利用し、オスマン=トルコ戦にアラブ人を使おうとした。
戦争協力を条件に英国の高等弁務官マクマホンが、アラブ社会で最も権威ある人物だったメッカの知事フセイン(ヨルダン国王の祖先)に対し、地中海岸の地域を除くオスマン=トルコ領内のアラブ人居住地に、アラブ独立国家を建設することを許可。この協定により、戦後、ヨルダンとイラクにフセインの息子兄弟を王とする国を建国。
一方で、英国外交官のマーク・サイクスと、フランス外交官のジョルジュ・ピコは、オスマン=トルコ帝国の領土のうち、アラブ人の領域を南北に分割し、北をフランス、南を英国が支配する秘密合意を結んでいた。この協定により、戦後、北の仏領にはシリアとレバノンが作られ、南の英領にはイラク、ヨルダンとイスラエルが作られた。さらに、英国はユダヤの大財閥、ロスチャイルド家に対しても戦争のための資金提供を求めて「シオニズム運動」の支持を約束した。
【※4】バルフォア宣言 第一次大戦中、イギリスが、外相バルフォアの名前で、シオニスト連盟会長ロスチャイルド卿に送った書簡の中で「パレスチナにユダヤ人の民族的郷土を建設する」ことに同意を示したもの。
ただ、同時にアラブ人に主権の存在を認め、かつイギリスの植民地としたことで、その後の混乱の元となり、パレスチナをめぐる今日の混乱の直接的な要因となりました。
ちなみに、この混乱の原因をつくったマクマホン、マーク・サイクス、ジョルジュ・ピコ、バルフォアの四人は、なんと全員がロスチャイルド一族だったのです。

★column★
世界初の株式会社「東インド会社」−資本主義の発展への道筋(2)−

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