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シオニスト・イスラエルからの内部告発―共産主義とファシズムの国

ジャック・バーンシュタイン

『人種主義・マルクス主義イスラエルでの、米国ユダヤ人の人生』 ジャック・バーンシュタイン著 1985年

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1948年にイスラエルが国家となる前に、世界中のユダヤ人社会は、イスラエルが全てのユダヤ人の祖国である、迫害されるユダヤ人にとっての避難所である、真の民主主義国であり聖書の預言の成就であるという、シオニストのプロパガンダに満たされていた。

私は25年間の前半生を米国で過ごしたアシュケナジ・ユダヤ人である。米国は《全ての》ユダヤ人に成功の機会を与えてくれたのだが――我々ユダヤ人が作り上げた成功というのは、ユダヤ人人口の一部(シオニスト)が米国の中で政治的なそして経済的な支配的地位を手に入れたという点においてである。

私が語ろうとしている話を十分に理解するためには、あなた方がシオニズムとは実際には何であるのかを理解することが重要である。シオニストのプロパガンダは米国の人々に、シオニズムとユダヤ教が一体であり本質的に宗教である、と信じ込ませている。《これは見え透いた嘘だ。》ユダヤ教は宗教だが、シオニズムは主に東欧(アシュケナジ)ユダヤによって始められた政治運動である。彼らは何世紀にもわたって社会主義と共産主義の背後に控える主要な勢力なのだ。シオニストの最終目標は、シオニストとシオニスト起源の国際的銀行が支配する政府によるワン・ワールド政府である。共産主義と社会主義は彼らがその目標を達成するのに役立つ道具に過ぎない。

●私はシオニスト・プロパガンダの犠牲者だった

1967年戦争の後、我々ユダヤ人は「我々の祖国」がこれほどに強くなり成功を収めるようになったことに対する誇りに満たされていた。そしてまた、我々は米国のユダヤ人が迫害されつつある、というデタラメなプロパガンダにも満たされていた。だから1967年から1970年までに、およそ5万人の米国ユダヤ人がシオニストのプロパガンダに引っかかってイスラエルに移住したのだ。私はその《カモたち》の一人だった。

シオニストのデタラメなプロパガンダで頭が一杯になった後、私は新しいユダヤ人の国家で成功するより良いチャンスを手に入れるだろうと感じた。そしてそれにもう一つの誘惑が加わった。開拓者およびユダヤ同胞たちを助けると言うチャレンジ精神だった。

●二重国籍

私は米国を離れるにあたって何の精神的な葛藤も無かった。私が米国籍を維持することができいつでも米国に戻ることが出来たからである。知っての通り、ユダヤ人たちはイスラエルとその他の国の国民であることが許されている。米国はそのような国の一つだ。米国政府はユダヤ人に米国と《同時に》イスラエルの両国国民であることを許可する。

ドイツ系のアメリカ人は米国とドイツの両方の国民であることは出来ない。イタリア系のアメリカ人は米国とイタリアの両方の国民であることは出来ない。エジプト系アメリカ人は米国とエジプトの両方の国民であることは出来ない。・・・・《しかし》、ユダヤ系のアメリカ人はイスラエルと米国の両方の国民であることができる。《このことは米国政府に対するシオニスト・ユダヤ権力の一端を示す例である。》

●『ユダヤ人の天国』に到着

私がイスラエルに向けて出発する前に、ユダヤ人の友人の一人が、その妹であるファウシア・ダボウルと独身の叔母の家に数日間止まることができるように手配してくれた。

テル・アヴィヴ郊外のロード空港に到着した後、私はミス・ダボウルとその叔母の家に行くバスに乗った。私がファウシアを見たとき一目ぼれしてしまった。私は彼女を『ジヴァ』と呼ぶようになった。それは彼女のヘブライ名だったのだ。

ジヴァはイラク出身のセファラディク・ユダヤであり、私と同様にシオニストのプロパガンダで頭が一杯になってイスラエルに移住してきたのだ。彼女は美容師として雇われていた。

●キブツ

ジヴァとその叔母の家に2日間いた後、私は『アイン・ハショフェット』キブツで6ヶ月を過ごすためにそこを去った。そこはその当時イスラエル国内で活動していた150以上の同様な共同体の一つであった。それ以来、様々な出来事が始まったのである。特にパレスチナ・アラブ人から奪い取った領土の中でである。キブツは農業と時には工業的な事業の場であった。

イスラエルのキブツのシステムが、主としてポーランドとロシアから移住してきたアシュケナジ・ユダヤ人たちによってイスラエルに持ち込まれたマルクス主義の思想によるものである、ということを理解するのは大切である。これらのユダヤ人たちはボルシェヴィキとして知られるユダヤ人集団の一部である。1917年の前に、彼らはロシアのボルシェヴィキ革命の基盤と共産主義の開始を打ち立てた勢力であった。(ロシアはソヴィエト社会主義共和国連邦として知られた。)

私はこれを指摘、というより強調したいので繰り返すが、イスラエルに移住してシオニスト運動をコントロールし1948年の初頭以来イスラエル政府を支配してきたのは、(アシュケナジ)の社会主義/共産主義(ボルシェヴィキ)ユダヤ人集団の一部である。

さて、キブツに話を戻そう。

1967年以前には、そのキブツの仕事の大部分はユダヤ人によって行われていた。しかし1967年戦争からは、その仕事は極めて低賃金で雇われるアラブ人たち、および外国から来たボランティアたちによって行われている。キブツのメンバー(全てユダヤ人)はあらゆるものを等しく分け合う。彼らは衣服、食料、そして小額の小遣金を受け取る。事業から得られた利益は将来のためにキブツの会計に入っていく。これらのキブツのそれぞれは、社会主義からゴリゴリの共産主義までに広がるイスラエルのマルクス主義諸政党に所属している。

私がいたキブツは強固な共産主義のものではなかった。しかし私は4ヵ月後にそこを出る際には幸せだった。当初の予定よりも2ヶ月早かったのだ。

私がキブツで働いていた間、私はジヴァに求愛した。彼女のことが、私が経った4ヶ月でキブツを去った理由の一つだったのだ。我々は結婚することになった。

●我々の結婚が問題を作り出した

結婚式はセファラディのシナゴーグで執り行われた。それは簡素だったが美しい儀式だった。ジヴァと私はとても幸せだった。しかし我々の結婚は深刻な問題を作り出してしまった。知っての通りジヴァはセファラディ・ユダヤ人であり私はアシュケナジである。どうして我々が困難さを持ってしまったのかを理解するためには、セファラディとアシュケナジ・ユダヤの違いを解らなければならない。

強力なシオニストのプロパガンダ・マシンは米国人たちにユダヤ人は誰でもユダヤ人だと信じ込ませている。つまり一つの人種であり、そして「神に選ばれた民族」であると。「神に選ばれた民族」の《嘘》については後で触れることにしよう。まず、ユダヤ人たちが一つの民族では《ない》という点を理解することが大切である。

世界には二つのユダヤ人グループがあり彼らは世界の二つの異なった地域から来ている。中東と北アフリカ出身の《セファラディ》ユダヤ、そして東ヨーロッパ出身の《アシュケナジ》ユダヤである。

《セファラディ》は古いほうのグループで、聖書に書かれているユダヤ人というものがあるとすればそれは彼らである。彼らは血族としてはアラブの親戚であり、両者の唯一の違いは宗教のみである。

《アシュケナジ》ユダヤは、世界のユダヤ人の90%を占めるのだが、ちょっと奇妙な出発点を持っていた。歴史家によると、ユダヤ人の多く、アシュケナジ・ユダヤ人は約1200年前に存在を始めた。それは次のようなことである。

ヨーロッパの東端にカザールとして知られた種族が住んでいた。およそ紀元740年ごろ、カザールの王と彼の臣下たちは国民たちに宗教をあてがわなければならなかった。そこで、三つの主要な宗教であるキリスト教、イスラム教、そしてユダヤ教の代表者たちがそれぞれの教義を説明するために呼び集められた。もしカザールがイスラム教を選んでいたのなら、彼らは強大なキリスト教世界を怒らせただろう。もし彼らがキリスト教を選んでいたなら、強力なイスラム世界の怒りをかっただろう。そこで、彼らは安全策を採った。ユダヤ教を選んだのである。カザールがユダヤ教を選んだのは宗教的な理由ではなかった。政治的なものだったのである。

13世紀のあるときにカザールはその地から追われて西のほうに移住した。その大部分がポーランドとロシアに住み着いたのである。これらのカザール人たちが現在アシュケナジ・ユダヤとして知られているのである。これらのカザール(アシュケナジ)ユダヤ人が単にユダヤ教を選択しただけなのだから、彼らは本当のユダヤ人ではない。――《少なくとも血統上のユダヤ人ではないのだ。》

その歴史を通して、これらポーランドとロシアのアシュケナジ・ユダヤ人たちは共産主義/社会主義を実践してきたし、それらの国々の中で彼らの思想を実現させるように働いてきた。1800年代の後半までには非常に多くのそういった共産主義/社会主義ユダヤ人たちがドイツ、バルカン、そして全てのヨーロッパ諸国で見出された。

彼らによるロシアの社会的・政治的な事柄に対する干渉のため、彼らはツァーによる迫害の的になった。このために、これらの共産主義/社会主義に染まったユダヤ人の移住が始まった。その一部がパレスチナに向かった。一部は中南米に、そして多くの部分は米国にやってきた。

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●政治的シオニズムの誕生

1897年に、スイスのバーゼルで第1回シオニスト会議が開かれた。この会議でユダヤ人国家の設立と、ユダヤ国家を建設するための土地探しに向けて作業を行うことが決定された。

大英帝国はアフリカの土地をシオニストに提示した。これはシオニストが拒否した。《彼らはパレスチナを望んだのだ!》

当時、パレスチナには50万人のパレスチナ・アラブ人たちが住んでいた。そして血族的に近く何世紀も一緒に平和に暮らしてきた少数のパレスチナ・ユダヤ人がいた。

パレスチナを祖国として選んだことにより、ヨーロッパのユダヤ人たちはパレスチナに移住し始めた。私が先ほど説明したとおり、その多くが、世界の支配を目的とする過激な一部のボルシェヴィキ共産主義者に導かれた共産主義/社会主義者だった。だからユダヤ人について考える際に、特にそれがイスラエルに関係する場合、セファラディとアシュケナジ・ユダヤの間にある大きな違いを心に置いておかねばならない。彼らは一つの単一な民族ではない。彼らは社会的、政治的、そして何よりも人種的に分かれているのだ。さて、ジヴァの話に戻ろう。彼女はセファラディ・ユダヤであり、私はアシュケナジ・ユダヤであり、そしていわゆる民主的な国イスラエルでの生活である。

●セファラディ・ユダヤ――2等国民

結婚して最初の3年間はジヴァの叔母と一緒に暮らさなければならなかった。これはイスラエルの危機的な住宅不足のせいであり、また人種主義のせいであった。住居は次のように割り当てられた。

  • 《イスラエルに長年住んでいる》アシュケナジ・ユダヤ人に最初の選択権が与えられる。
  • 次に《ヨーロッパから来た》アシュケナジ・ユダヤ人――特にイスラエルで生まれたアシュケナジ・ユダヤ人と結婚している場合。
  • その次に恵まれるのは《米国出身の》アシュケナジ・ユダヤ人――特にイスラエル生まれのアシュケナジと結婚している場合。
  • セファラディ・ユダヤ人は残された住宅の中からどれかを選ぶことになる。
  • リストの最後に残されるのがイスラム教徒、ドゥルーズ、そしてキリスト教徒。

就職のチャンスも同様のパターンにしたがう。アシュケナジ・ユダヤがまず職業選択権を持つ。セファラディ・ユダヤはその次である。そしてイスラム教徒、ドゥルーズ、キリスト教徒が低賃金の仕事を満たし、多くが無職で放り出される。

私が米国出身のアシュケナジ・ユダヤ人であったにしても、私は住宅リストの下の段に置かれた。私がセファラディ・ユダヤ人と結婚していたからだ。

私にとって住宅を拒否されたことは、イスラエルに存在する激しい人種主義の存在を知る2度目の経験だった。イスラエルに到着した直後から数多くの中傷が私に集中したのである。我々米国のユダヤ人が寛大な扱いを受けることはめったに無かった。

イスラエルが生き延びるためには米国人納税者からのお金の贈り物、米国ユダヤ人の献金、そして米国でのイスラエル国債の販売に頼らねばならないため、イスラエルのエリート・アシュケナジ・ユダヤ人の間には米国のユダヤ人に対するやっかみがある。たとえその米国のユダヤ人がアシュケナジ・ユダヤ人だとしても、である。私は何度もこう言われた。「国に帰れ!」「俺たちはお前たちのお金は欲しいが、お前たちはいらない。」と。

ところがである。歓迎され良い待遇を受ける米国のユダヤ人グループがあったのだ。それは党員証を持った《共産主義者ユダヤ人たち》だったのだ。

1967年から1970年までの間に、私と同様に5万人の米国ユダヤ人がイスラエルに移住したのだが、その中でおよそ20%(1万人)が《実際の党員証を手にした多数の共産主義者たちに率いられるマルクス主義者たち》であった。彼らはイスラエルの当局者や地方のアシュケナジたちから歓迎を受け、そして住宅でも仕事でも社会生活でも有利な待遇を受けていた。米国からやってきた者たち以外に、大量の共産主義者のユダヤ人たちがチリやアルゼンチンや南アフリカからイスラエルに移住していたことは注目されなければならない。

この時期にイスラエルに移住してきた5万人の内でおよそ80%が結局は米国に戻った。《残った20%の者たちは党員証付きの共産主義者かあるいはマルクス主義のシンパたちだったのである。》

●イスラエルの三つの顔

今まで私が語ってきたことから、皆さんはきっと、イスラエルはマルクス主義(社会主義/共産主義)の国だという考えを持つだろう。それは正しいかもしれない。しかしイスラエルは三つの顔を持っている。共産主義、ファシズム、民主主義の三つだ。

ロシアからイスラエルに渡ってきたアシュケナジ・ユダヤ人たちは社会主義/共産主義の思想を運び込みその思想の多くを実現に移している。

ドイツからイスラエルに移ってきたアシュケナジ・ユダヤ人たちは、一方で共産主義に共感してそれを支持しながらも、ナチ・スタイルのファシズムの実践を好む傾向を持っている。第2次世界大戦の間にドイツではエリートのアシュケナジ・シオニスト・ユダヤ人たちがヒトラーのゲシュタポに密着して働き、下層階級のドイツ・ユダヤ人を迫害して強制収用所に送ったのである。現在イスラエルに住んでいるこれらのエリート・シオニスト・ユダヤ人たちは、強くナチ・スタイルの訓練を受けておりそれを好んでいるのだが、イスラエルに多くのファシズム的な要素を植えつけている。

イスラエルが民主国家であると印象付ける目的で、クネセット(イスラエル議会)は選挙で選ばれる。しかし奇妙な種類の選挙なのだ。ここがイスラエルのいわゆる民主主義なるものの終点なのだ。どの政党が選挙で勝っても何らの違いも無い。リクード党であろうが労働党であろうが、エリート・シオニスト・ユダヤ人たちが独裁的なやり方で支配するエリートどもには恩恵を与え、あらゆる反対派は野蛮に弾圧するのである。

シオニスト/共産主義者の世界支配計画では、中東地域でトラブルを巻き起こし続けることがイスラエルの役目なのだ。戦争がこの攻撃の計画の主要な部分であるため、イスラエルの青年たちは、子供のころからずっと、精神的・肉体的に戦争のために訓練を受けている。例を挙げよう。

イスラエルはヒトラー・ユーゲントと同等のものを持っている。それは《ガドナ(GADNA)》である。そして《全ての》高等学校と中学の生徒は、少年も少女も、これに参加することを要求される。ヒトラー・ユーゲントと同様に、イスラエルの《ガドナ》の若者はカーキ色のユニフォームを着る。彼らはトレーニングを受け準軍事的な訓練に務めるのだ。

遊びの中でさえも銃と戦争思考が存在する。ピクニックに行くときには、バスケットボールやサッカーの道具の代りに、彼らはサブ・マシンガンと攻撃用ライフルを持っていく。そして戦争ゲームの中で銃を撃つのである。

高校を卒業したならば、全ての男子は3年間(女子は2年間)陸軍に、そして4年間(女子は3年間)海軍か空軍に勤めなければならない。ただしウルトラ・オーソドックスなユダヤ教徒は軍隊勤めから免除される。

これらの勤務を終えるとすぐに、相当数の退役軍人がシン・ベト、ヒトラーのゲシュタポに相当する組織に参加する。ゲシュタポ同様に、彼らはシオニストが支配するイスラエルのマルクス主義/ファシスト政府に反対して行動するあるいは声を上げる者を誰でも弾圧するのである。

ナチス・ドイツ同様に、イスラエルのあらゆる人々は、ヘブライ語で"Teudat Zenhut"と呼ばれる身分証明証を携帯することが義務化されている。

ある日、テルアヴィヴの街に出る際に私は上着を変えて身分証明証を持って出るのを忘れてしまった。警官が私に近づいてきて私の"Teudat Zenhut"を見せるように求めた。私はそれを別の上着のポケットに入れたままにしてしまったことを告げた。

私が身分証明証を携帯していなかったために、私は警察署に連れて行かれた。

警察署では刑事が、身分証明証不携帯の罪によって、裁判官を受けることすらなく16日間に及んで留置されるかもしれないことを告げた。この刑事にとっては「再留置する」という署名をするだけでよいのである。

私は、妻に電話をかけて身分証明証を警察署まで持ってきてもらうことを許してくれるように頼んだ。刑事は"Teudat Zenhut"を用意するために2時間だけを許可した。私が妻に連絡が取れたのは2時間の制限時間が終わる数分前のことだった。もし彼女の到着が遅れたら、私は身分証明証不携帯の罪で16日間も拘置所に放り込まれるところだったのだ。

これはイスラエルが民主主義ではなく警察国家であることの証左のひとつである。

ナチズム/ファシズムに関して、どうか私に一つのことを言わせてもらいたい。ドイツ人たちは賞賛すべき人々だ。私は敢えて偉大だと言う。しかしドイツでは、多くの人々が欺瞞と暴虐によって権力を手に入れたナチスの犠牲者だったのである。

ドイツでは、《平均的な》ユダヤ人たちは、ナチスと手を携えて働くシオニスト・エリートたちの犠牲者だったのだ。ドイツでナチスと共に働いた同じシオニスト・ユダヤ人の多くが、イスラエルにやってきてポーランドやロシアから来たシオニスト/共産主義者ユダヤ人たちと手を結んだのだ。イスラエルを支配するのはこの共産主義とナチ・スタイル・ファシズムの二つの顔なのである。《民主主義》は単なる幻想に過ぎない。

エリート・アシュケナジ・ユダヤとナチスのつながりを考える際に、「アシュケナジ(Ashkenazi)」という単語を調べてみたらよい。もう一度見てみよう。「アシュケ《ナチ》(AshkeNAZI)」だ。面白いだろう?

ファシズムの共産主義に対する関係については多くの混乱がある。

ファシズムは《国家》社会主義(NATIONAL socialism)なのだ。

共産主義は《国際》社会主義(INTERNATIONAL socialism)である。

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●イスラエルの経済

経済面で言えば、イスラエルは破産している。もちろんこのことは、イスラエルの経済構造が社会主義を基盤にしているので予言できたことだろう。政府とその国民が生産される製品の価値よりも多くの貨幣を使用するような国ならどこでも、経済的な破綻は必然的だろう。

もしも米国の援助が無かったならば、イスラエル経済ははるか以前に崩壊していただろう。《イスラエルはあらゆる意味で世界の「生活保護国家」なのだ。――それは米国に最も気に入られる生活保護の受け手なのである。》

米国の農民たち、小企業主たち、そして労働者たちが生きるために必死になっているというのに、シオニスト・ユダヤ人に支配される米国政府は、イスラエルの社会主義経済と戦争機構を支えるために、米国人納税者のポケットと財布を空っぽにしているのである。

米国でのシオニストの圧力によって米国が巨額の資金を送り続けるということを、イスラエル政府も特権階級のシオニストも知っているからこそ、イスラエル政府とその特権的な国民は、酔っ払いの船乗りのようにお金を使うのだ。この習慣がインフレーションを招きそして次第に経済破綻を招くのである。

イスラエルを酔っ払いの船乗りに比較することは船乗りに失礼だろう。船乗りたちは《自分で稼いだ》お金を使う。イスラエルは《米国からもらった》お金を使うのだ。

イスラエルが生きるために主に米国に頼っている生活保護国家だから、坂を滑り落ちるような状態にある。1962年にはイスラエルのインフレ率は130%だった。1983年には200%になり、今年(1984年)は400%を超えるだろうと予想されている。つまり、去る1月に1ドルだったハンバーガーが12月末には5ドルになっているだろう、ということなのだ。歴史は、イスラエルのような経済的問題を軽視する国で経済破綻を避けることが出来たことが無い、ということを教えている。

米国の経済援助の巨大な増加をもってしてのみ、経済破綻を避けることが出来るのである。しかしそうであっても、その解決方法は一時的なのだが。

だが、社会主義の破滅的な傾向を考えたとしても、ある国がその国民を支えるための社会的プログラムを上手に提供できる環境があるのだ。

十分な財源を持って国民が信仰心厚くそして同胞に対して思いやりのある国でなら、それは可能である。《その中のどれもイスラエルには存在していない。》

理想的な条件のある国でさえ危険が長く続くのである。

その国の政府が自国民の必要とするものを気軽に与えてしまうなら、大部分の国民は一生懸命働こうとする意思を失う傾向を持ってしまうだろう。そして自己満足した国民性を持つ国は簡単に征服されてしまう。

●イスラエルへの訪問客

観光産業はイスラエルの主要な財源の一つである。訪問客の最大のグループは米国のユダヤ人だ。しかし同時にまた、聖なる寺院を訪れそして「神に選ばれた民」の土地を見たいと願う大勢の米国キリスト教徒たちもいる。これらのキリスト教徒たちは非常に感銘を受けて宗教的な情熱に満たされてやってくるのである。

イスラエルにいる間、ユダヤ人とキリスト教徒たちは同様に、うろうろしてたまたまイスラエルの汚い面――本当のイスラエル――に出くわすことのないように、注意深く見張られている。ソヴィエト・ロシアやその他の共産圏の国々と同様に、イスラエルへの訪問客は用心深く計画されたガイドつきツアーに連れて行かれる。彼らは宗教的な場所、大学、豊かな果樹園、科学技術の成果、美術品を見せられ、同情心をかき立てるためにホロコースト博物館訪問に連れて行かれる。

しかし観光客の目から遠ざけられるものは、ゲットーや刑務所である。その刑務所には、ほとんどがアラブ人とセファラディ・ユダヤ人だが、最も非人間的な形の拷問の対象となる政治犯が収容されている。観光客たちは広範な犯罪活動や政治腐敗、犯罪組織と政治家や警察官たちとの間にある協力を見ることが無い。観光客たちはイスラエルのマルクス主義者/ファシスト政府の内部で本当に行われている仕事を知ることが無い。イスラエルの人種主義を見ることも無いのだ。

私はある米国の観光客に会ったのだが、彼女は聖地であるイスラエルに着いたとたんに感じる素晴らしい宗教的な雰囲気について、思わず私に語りかけてきた。私は彼女に注意した。「地元のユダヤ人に聖書を渡してみたらイスラエルの中にどれほどの信仰の自由があるか解るでしょう。もしそれを警察に見られたらあなたは逮捕されるでしょうけどね。」

ホロコースト博物館に関して言うならば、私は次のようにコメントせざるを得ない。《もしも次のようなことであればホロコーストは起こらなかったかもしれない。》

  1. もしもドイツでシオニストの指導者がナチスに協力しなかったならば、
  2. もしも世界中のシオニストたちがドイツから逃れるユダヤ人を拒否するように多くの国々を説き伏せなかったならば。

米国のシオニストは、戦争の前でまだユダヤ人たちがドイツを離れるチャンスがあったときに、ユダヤ人難民に扉を閉ざして米国に入れないようにロウズヴェルト大統領を説得したのだ。

【注:ここで作者のバーンシュタインは、米国と欧州のユダヤ資本を含む大資本がヒトラー政権を生み出し支えたことには触れていない。ブッシュやハリマンなどとナチスの関係が公的文書によって明らかにされるのには、この本の出版から15年以上の年月が必要であった。】

多くの人々が、ユダヤ人を含めて、ホロコーストが本当にシオニストのプロパガンダに描かれているように起こったのかどうか、疑問を抱いていることを付け加えておかねばならない。少なくとも、シオニストたちが主張している規模で。

●宗教

元のパレスチナで現在はイスラエル国家が作られている土地は、かつてモーゼやイエスやモハメッドが歩いた場所である。

パレスチナが多くの宗教的な出来事の起こった地であり多くの宗教的な場所があるために、そこは正当にも《聖地》と言われている。そこで、パレスチナ、現在のイスラエルが、神聖な雰囲気を漂わせているであろう、と思う人がいるかもしれない。

パレスチナのイスラム教徒やパレスチナのユダヤ人がパレスチナを治めていたときには宗教的なオーラがあった。しかしシオニストがこの土地を取り上げイスラエル国家を作り上げて以来、そこは世界で最も罪に満ちた場所である。そこでは《信仰心の篤いユダヤ人は》わずかに5%ほどである。最も信仰心の篤い人々がイスラエルで少数派のイスラム教徒アラブ人とキリスト教徒アラブ人であるのは興味深い事実である。

《イスラエルの法律があらゆる宗教を抑圧しているのだ。》たとえば、ユダヤ人を他の宗教に改宗させようとすることは違法である。たとえそのユダヤ人が無神論者や人間主義者であったとしても。

キリスト教徒が教会の建物の中で福音を説くことは許されている。しかし牧師でもあるいは誰でも、教会の外で聖書に書かれた教えについて他人に語るならば懲役5年の刑に処せられるだろう。

同様の宗教抑圧の法律が、親切心からユダヤ人に何らかの贈り物をするイスラムの信者に対しても適用される。5年の懲役刑が待っているのだ。

宗教心の厚いユダヤ人の取り扱いはシオニスト支配者にとっては気になる問題である。世界中のユダヤ人と非ユダヤ人は、イスラエルをユダヤ人たちが迫害無しに宗教的実践に励むことができる土地だと見ている。だからこそシオニストたちは、世界の世論が彼らに反対することを恐れて、敢えてユダヤ教を抑圧する危険を冒さないのである。そこでシオニスト支配者たちは、イスラエルの信仰心を持つ少数派ユダヤ人の宗教行為を《我慢して》いるのである。

●神に選ばれた民族

米国の人々はユダヤ人が「神に選ばれた民族」であると信じ込むように誘導されている。この《神話》はユダヤ人の小さなグループによって出発させられた。少数のユダヤ指導者たちが聖書からの抜粋箇所を採り上げてそれを、神が彼らを「選ばれた民族」として指名した、という意味であると解釈したのである。しかし、「神に選ばれた民族」を主張しているのが宗教心の厚いユダヤ人で無いことは奇妙なことではないか。この栄誉を主張するのは無神論の非宗教的なユダヤ人なのだ。

「我々は神に選ばれた民族である」と叫びを主導している者たちは、《政治的な》目的でユダヤ教を選び《聖書に書かれているユダヤ人の血を体内に1滴も持たない》シオニスト/マルクス主義(アシュケナジ)ユダヤ人たちなのだ。

あるイスラエルの信心深いユダヤ人がこれを上手に言った。「我々ユダヤ人が神によって《そのメッセンジャーとして》選ばれたときもあった。しかしずっと前に我々はその権利を失ってしまったのだ。」

聖書を開かれた心で読む人なら誰でも、神が《かつての》ユダヤ人に特別の恵みを与えたことを知っている。しかし、それは聖なる契約の形をとっていた。これらの契約には条件があった。それは神がユダヤ人たちにその言葉に従うように要求したものである。時が経つに連れてユダヤ人たちはその契約を破った。彼らは神を拒絶しマモン【注:貨幣の神】を崇拝するようになった。《本物のユダヤ人でさえ》神に選ばれた民族である権利をはるか以前に失ったことを気付くのに聖書学者の力を借りる必要は無い。

三つの主要な宗教の信者がその信仰を実践する程度を比較する際に、私は次のようなことを観察している。

《ユダヤ教》セファラディでもアシュケナジでも、信仰心の篤い者はほとんどいない。これはアメリカでもイスラエルでも、あるいは世界中で、事実である。

《キリスト教》キリスト教の信仰は、(特に米国で)ユダヤ人による口出しと潜入の影響を感じており、その結果、様々な宗派の間で混乱と口論が引き起こされている。このことが大部分のキリスト教徒の中でその信仰に対する「生ぬるい」態度を生み出してきた。ユダヤ人、あるいはその数多くある手先の一つがキリスト教宗派の多くを作り出してその教義を支配していることを証明できる証拠がある。

《イスラム教》モスレムたちは、イスラムの教えに従っているのだが、この三つの主要な宗教の中で宗教的信念に従うことでは圧倒的に最も熱烈である。

米国の中で我々がよく耳にする《ユダヤ・キリスト教的》倫理観は大変な冗談である。徹底したシオニストのプロパガンダ・キャンペーンの結果に過ぎない。

「神に選ばれた民族」についてもう一度だけ触れてみよう。神は言った。「自らをユダヤ人と称する者達に注意せよ。彼らはそうではない。なぜなら彼らは嘘つきだからである。」 (Rev. 2:9; 3:9)【注:黙示録2:9「ユダヤ人だと自称しているが、実はユダヤ人ではなくサタンの団体に属している者どもから、ののしられていることも知っている。」黙示録3:9「なお、サタンの団体に属する者で、ユダヤ人だと自称しているが、じつはそうではなく、偽りの者である人たちに、わたしはこうしよう。」】《神が語っておられる者達とはアシュケナジ・ユダヤなのではないのだろうか?》

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●イスラエルは絶え間の無い戦争を巻き起こす

ここは聖地で、平和であるかのように聞こえるかもしれない。ところがそうではなく、戦争と戦争準備が常に行われるのである。

イスラエルの軍事機構は世界で4番目にパワフルなものであると見なされている。飛行機、戦車などの戦闘用装備の量という面から見て、そしてそれに加えてそれらが最新のデザインである事実から、イスラエルの軍事機構は非常に強力である。しかし、陸軍には、深刻な弱点が増大してきている。

イスラエル陸軍の弱点について探る前に、ちょっとだけイスラエルが関わったそれぞれの戦争を振り返ってみたい。1948年に国ができて以来、平均して8年ごとに戦争を繰り返している。

《1948年の戦争》――イスラエルが自らを国家として宣言した直後に、パレスチナ人たちと他のアラブ人たちがイスラエル軍を攻撃したのだが、この軍はテロリスト・グループであるイルグンとスターン・ギャング【注:レヒとも言う】から出てきたものであった【注:実際にはイスラエル軍はハガナーにイルグンとレヒが合流したもの】。このパレスチナ人たちによる攻撃の理由は、シオニストが殺人とテロによって掠め取った自分達の土地を奪い返そうとしたものだった。パレスチナ人たちは元々は平和な人々であり、戦争の技術的な訓練を受けていなかったのだ。その一方でソヴィエト・ロシア、ポーランド、そしてドイツから移住してきたアシュケナジ・シオニスト・ユダヤたちははるかに多く戦争技術の知識を持っていた。

それに加えてシオニストは軍の装備を《米国や共産圏の国々から》購入した、そして不法に密輸して運び込んだ大量の武器を蓄えていた。アラブ人たちは打ち破られ、その間にイスラエルはもっと多くのパレスチナの土地を征服したのだった。

《1956年の戦争》――エジプトはスエズ運河のある土地を領有した。エジプト大統領のナセルは英国から運河の運営を取り上げる意図を宣言した。これが英国の植民地帝国主義の逆鱗に触れたのかもしれない。そこで英国はフランスやイスラエルと共にエジプトを攻撃する陰謀を練った。

エジプトをほとんど打ち負かしたときに、米国大統領アイゼンハワーが仲介に入り、英国、フランスそしてイスラエルに引き下がるように命じた。この当時はまだ、米国が軍事力の面でアイゼンハワーの命令を支えるほどに十分に強く、英国とフランスとイスラエルは撤退したのだった。これが米国とイスラエルの関係の中で、米国大統領が米国の利益をイスラエルの利益に優先させた《唯一の》時だったのである。

《1967年の戦争》――エジプトとイスラエル両国の間にある領土、シナイ半島とガザ地区をめぐって緊張が高まった。

イスラエルが不当な優位を得るのを助けるために、ソヴィエト連邦はトリックを用いた。エジプトに在住するソヴィエトの外交官はナセル大統領に、戦争の脅しをかけるように、しかし《攻撃はしないように》命じた。この詐欺的な行為のお陰で、イスラエルはエジプトが「無防備」になっている間に攻撃をすることができ、そしてエジプト軍の能力を6日で破壊することができた。

イスラエルの指導者にとって、ナイル川からユーフラテス川の間にある全ての土地を手に入れることが目標であり続けている。イスラエルがこの戦争の間にエジプトから取り上げようと意図していたシナイ半島とガザ地区の他に、彼らはヨルダンの一部である《ヨルダン川西岸地区》とシリアの領土である《ゴラン高原》を望んだ。そこで1967年の戦争の間に、イスラエルはトリックを使ったのだ。

イスラエルは無線通信を傍受してその通信内容を変え(それらを「ボイル(boil)して」)そして受信先に送るという高度な技術を使った装置を持っていた。この戦争の間、イスラエルはエジプトからヨルダンとシリアへの通信を傍受し、その内容を変え、ヨルダンとシリアを戦争に加わるようにトリックをかけた。アラブ諸国は打ち破られそしてイスラエルはシナイ半島とガザと同様にゴラン高原とヨルダン川西岸を占領するという目的を果した。

たとえイスラエルのエジプトに対する攻撃が《1967年戦争》と呼ばれそしてしばしば《6日戦争》と言われるにしても、それはほとんど戦争と呼ばれるに値しない。《エジプトは》当時最も強力なアラブ国だったのだが、戦うチャンスを与えられなかったのだ。説明したとおりのソヴィエト連合とイスラエルによるトリックが、いわゆるloyu【注:この単語は意味不明、前後の文脈から考えると「正当な」「正々堂々とした」などの意味に近いのか】《戦争》を、《ソヴィエトとイスラエルを有名にしたテロリズム》の詐欺的な行為以上ではないものにしてしまったのだ。

●イスラエルによるU.S.S.リバティーへの攻撃

1967年の戦争の間に、最もひどい詐欺的な行為の一つが犯された。それは米国の船であるU.S.S.リバティーに対する、米国人が友人であり同盟者であると言うイスラエルによって為された攻撃である。

イスラエルのエジプトに対する詐欺的な攻撃の最中に、米国の調査船であるU.S.S.リバティーが、イスラエルの沖で戦闘の進行についての情報収集にあたっていた。

U.S.S. リバティーがイスラエルの詐欺的な行為を調べて記録していることを知って、イスラエルの指導陣はその証拠を「取り除く」決意をした。イスラエルの飛行機と魚雷艇が明らかにU.S.S.リバティーを撃沈させる意図を持って襲撃した。もしその船が沈んだら証拠が消滅するのだ。そしてイスラエルはエジプトにこの襲撃のせいにすることができたろうし、シオニストがコントロールする米国のメディアが、米国人たちを反エジプトに変える目的で《虚偽》を《事実》として報道したことであろう。しかし幸いなことに、一部のリバティー乗員の勇敢さによって船は浮かんでいた。イスラエルは同盟国の米国に対する裏切り行為に失敗したのだが、この襲撃でイスラエルはリバティーの乗組員34名を殺害し171名を負傷させたのだ。

【注:John Loftus and Mark Aarons著の“The Secret War Against the Jews(ユダヤ人に対する秘密の戦争)”には『米国も英国もイスラエル防衛計画とアラブ石油生産の釣り合いを取っていた』ことがこのU.S.S.リバティー襲撃の理由であった、と書かれている。

http://www.asyura2.com/0502/bd39/msg/850.html

「ユダヤ人に対する秘密の戦争」に対する興味深い書評(日本語訳)】

イスラエルはリバティーへの襲撃を船籍の確認ミスによるものだったと主張した。しかし生き残った乗員たちの報告やその他の証拠によって、イスラエルによる襲撃が意図的であったことが明らかになった。

U.S.S.リバティーへの襲撃に関する事実は、シオニストがコントロールするニュース・メディアの連携によって無視された。シオニストたちが米国人に語ったことは、ただ、イスラエルは米国の船を沈めたがそれは船籍確認のミスによるものであった、ということだけだった。

米国政府による調査は押さえつけられ、そしてこの事件はすぐに忘れられた。これは、シオニストが米国政府に与えるはなはだしい影響の一例である。

この米国政府のスキャンダラスなあらゆる行動の隠蔽は、もしニュース・メディアがその義務を果たしこの襲撃に関する事実を報道していたならば、成功しなかっただろう。これは、シオニストがコントロールする米国メディアが米国人たちに重要な情報をゆがめて伝えあるいはそれから遠ざけるために実行する、その権力を示す好例である。

《1973年の戦争》――1967年の戦争でイスラエルとソ連の側が行った詐欺的行為はアラブ人たちを怒らせた。そして彼らはすぐに、このイスラエルの卑劣な行為に報復する目的で、そしてイスラエルが彼らから奪った土地を取り戻すために、武装を始めたのであった。1973年までに準備は整った。

多くのアラブ諸国が軍事的に準備を整えたとはいっても、彼らはイスラエルと問題の平和的な解決を働きかけていたのだ。しかし、イスラエルは米国にいるシオニスト同胞がその権力を用いて米国政府に働きかけ、米国のイスラエル支持を確保するだろうと確信した。そこでイスラエル指導陣は軍国主義的な態度を維持し続けたのである。

イスラエル指導者たちとのこれ以上の交渉に希望の無いことを悟り、エジプトはヨルダンやシリア、イラクと共にイスラエルを攻撃した。そして彼らは勝ちつつあったのだ。

イスラエルが敗北に面したため、米国の強力なシオニストたちは米国政府に覆いかぶされる権力の網を引き、米国政府の高官たちはそのシオニストの御主人様に従った。莫大な量の米国軍の装備と武器が、イスラエル軍の立て直しを援助するために、イスラエルに《納税者の負担で空輸されたのである。》

この米国の援助がイスラエルに戦局の流れを変えて勝利に近づくことを許した。そう、イスラエルは救われた。しかし米国の軍装備がこのときにイスラエルにあまりにも多く空輸されたために、米国軍は装備不足と弱体化のままにされてしまった。

米国政府高官たちがあまりにもシオニストの影響下にあるため、彼らは、ノース・カロライナのフォート・ブラッグ基地に駐屯する第82空軍部隊とドイツの米軍基地の部隊に、もし必要があればイスラエルを助けるために派遣されることもあるとの通告を与えたのであった。

米国のシオニスト権力を喜ばせるために米国政府高官が喜んで米国人青年の命を犠牲にしてシオニスト/マルクス主義イスラエルを救う、というのは実に悲しい話だ。

すでに米国軍にいる若者たちとその親たち、祖父母、兄弟、姉妹たちは、特にイスラエルが起こす戦争と米国をその戦争に巻き込もうとする試みに関心を持つべきだ。なぜなら、これらの攻撃的行為の一つでイスラエルを救う必要があれば、米国政府は米国のシオニストにひれ伏して米国の青年たちを戦闘に参加させるだろうからである。青年たちはシオニスト/マルクス主義イスラエルの側に立って戦う以外の選択肢を持たないのだ。

もし米国の若者が将来の中東での戦争で死ぬようなことがあれば、あなたはその責任が米国のシオニスト・ユダヤ人とシオニストの御主人様にひれ伏すワシントンD.C.の脆弱な臆病者の政治家たちにあることを知るだろう。

【注:もしバーンシュタインが現在生きていて9・11等の「テロ事件」とその後の中東での戦争を見たら、何と言うだろうか。】

●ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形

この時点であなたは混乱しているかもしれない。イスラエルとソヴィエトは思想的同盟者、両者ともカール・マルクスの思想に従っているため、どちらも共産主義/社会主義である。しかしながら、ソヴィエトはイスラエルの敵であるアラブ人たちに軍事的な装備を提供している。そして同時にソヴィエト連邦の敵はイスラエルを武装させるアメリカ合衆国なのだ。

シオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人たちが有能であるという誤魔化しを理解するために、また1973年の戦争の前と最中に起こった詐欺を理解するために、私はニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形を説明しなければならない。そしてそのために、歴史を少しの年月さかのぼってみる必要がある。

ロシアから米国へのユダヤ人の大規模な移民は1881年に始まった。その多くが共産主義者のユダヤ人だった。これらの共産主義/ボルシェヴィキ・ユダヤ人があまりにも多くニューヨークに住み着いたため、ニューヨークは「ハドソン川べりのモスクワ」と言われるようになっている。

共産主義者の政策に関する決定が《モスクワではなくニューヨーク市から》来ると指摘されることには十分な理由がある。これが事実であるかどうかは重要ではない。重要なことは、ニューヨーク市のシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人とモスクワのシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人たちの間に密接なつながりがある、そしてそれがイスラエル政府を支配するシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人を含むまでに拡張されている、ということなのだ。

ワシントンD.C.の米国政府に対するシオニスト権力は、ニューヨーク市にその中心を持つシオニスト/ボルシェヴィキたちに根幹を置いている。米国中の膨大なシオニスト・ネットワークに行き渡る命令はニューヨークから発せられるのだ。このネットワークは、単に連邦政府だけではなく、全部というわけではないにしても、ほぼ全ての州政府と広範な規模の大都市と中規模都市の市政に対して、経済的・政治的な事柄に影響を及ぼす。この米国に対するシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人の権力は、ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形中のニューヨークの脚に、共産主義政策に関する莫大な影響を与えるのである。

1973年の戦争を眺めてみるとき、大部分の人々とおそらく大部分のアラブ人たちは、ソヴィエト・ロシアがエジプトとアラブ諸国に兵器を売ったので、ソヴィエトは1973年の戦争でアラブを支援したという印象を受けるのかもしれない。《これは誤った印象である。》これがイスラエルとソヴィエト連邦の側に対するより大きな誤魔化しの結果であることを理解するためには、あなたはゴルダ・メイア/カガノヴィッチ協定に注意を向けなければならない。

ゴルダ・メイアはロシアに生まれてウイスコンシン州ミルウォーキーで育ち、1921年にイスラエルに移住した。1949年に彼女はイスラエルの最初のソヴィエト連邦大使となった。

ボルシェヴィキ・ユダヤである大使メイアはイスラエルを代表して二人のソヴィエト連邦の代表者と会った。ボルシェヴィキ・ユダヤのカガノヴィッチ、そしてボルシェヴィキ・ユダヤの女性と結婚しているスターリンであった。彼らは秘密の合意、協定を結んだのだ。

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●この協定でのイスラエルの役割
  1. イスラエルはいかなる西側諸国にも《特に米国には》イスラエル領土内に軍事基地を《作らせない》であろう。
  2. イスラエルは公式の共産党組織がイスラエル内で自由に機能することを許すであろう。
  3. イスラエルはパレスチナ問題を解決するためのいかなる協定も《結ばない》であろう。
  4. イスラエルは世界の、特に米国のユダヤ人社会に働きかけ、西側世界にアラブよりもイスラエルに有利な政策を採らせるようにさせるであろう。
  5. イスラエルはそのマルクス主義経済政策を続け、国内ではあらゆる自由経済の傾向を妨げることになる。

この協定でのソヴィエト連邦の役割

  1. ソヴィエトは、アラブ諸国に援助を与える真の目的に対する《カモフュラージュとしてのみ》親アラブ政策を執り行うであろう。《しかしながらそれは決して》アラブ諸国がイスラエルを破壊するのに十分なもので《あってはならない。》
  2. ソヴィエトは、ユダヤ人のイスラエルへの移住のためにソヴィエト衛星国の扉を開かせるであろう。もしそれが十分でないのならソヴィエト・ロシアは自身の扉を移民のために開くであろう。
  3. ソヴィエトは《イスラエルの安全保障に対して完全なる保証を与える》であろう。ソヴィエト連邦とイスラエルの両者は諜報機関の報告を交換するであろう。

この協定の言葉からあなたは、過去もまた現在も引き続いて、あらゆるアラブ諸国がソヴィエトの主導権で社会主義を採用すると《強制される》ときまで、アラブ諸国とイスラエルの間での平和協定を妨げることが、ソヴィエト連邦とシオニスト/マルクス主義イスラエルの狙いであることが解るだろう。

【注:この文章が書かれたのは1985年でありソ連がまだ健在だった。】

1973年の戦争の導入部で、あなたはこの欺瞞に満ちた合意の一部が使われたことが理解できるだろう。特に、ソヴィエト連邦はアラブ諸国を援助するが《しかしイスラエルを打ち倒すのに十分な援助ではない》という部分である。

1973年の戦争を計画するにあたって、イスラエルは、イスラエル周辺のアラブ諸国がソヴィエト連邦から十分な装備を購入したことに気付いた。しかしゴルダ・メイア/スターリン/カガノヴィッチ協定によって、イスラエルの指導者は、ソヴィエトがイスラエルを打ち倒すのに十分な援助をアラブ諸国に《与えない》ことを知っていた。そして、そのアラブ諸国に対するソヴィエトの援助が、アラブ諸国をソヴィエトの罠に陥れるための「エサ」に過ぎない、ということを。同時にまたイスラエルの指導者たちは、米国のシオニスト同胞たちがアラブ人を食い止めるために米国政府が十分な兵器を提供することを確実にさせると分かっていた。そしてより大量の装備と、もし必要なら部隊をも提供することを。

1973年の戦争が開始したとき、イスラエルは、ヨルダン、エジプト、シリアそしてイラクの戦闘能力の向上ぶりに驚いた。

エジプト軍がイスラエル領を貫通しようと試みる際に不可能な任務と思える事柄に直面した。

まず、そこには渡らなければならないスエズ運河という水の障壁があった。次に彼らは、イスラエルによって立てられる細かい砂埃の高い壁に向かい合うことになるだろう。その壁の向こう側には第3の壁、イスラエルの要塞の列が並んでいたのだ。その要塞は、フランスによって建てられて第2次大戦前にドイツ人の侵入を誰一人ゆるさなかったマジノ・ラインよりも強力だった。

しかし天才的にも、エジプト軍はスエズ運河を越えて、砂漠と砂埃の壁を越え数時間程度で大きな要塞群を破壊して進んだのだった。

イスラエルは困難に出会った。アラブ人たちは戦争に勝ちつつあったのだ。

しかし《必要があれば、という前からの予定の通りに、》米国が莫大な量の軍事物資と装備をイスラエルに空輸して、そして前述の通りなのだが、ノース・カロライナのフォート・ブラッグ基地に駐屯する空挺部隊とドイツの米軍基地の部隊が待機させられ、必要になればイスラエルを助けるために派遣されることになった。米国にとって幸いなことに、イスラエルの存在のために米軍部隊が必要とされることはなかった。兵器の補充は十分であった。しかしながら、アラブ軍はイスラエルによるより広いアラブの土地の占領を食い止めるには十分に強力だった。実際にエジプトはシナイ半島の部分を取り戻すことに成功したのだった。

エジプト大統領のサダトは、ソヴィエトがこの戦争でアラブ人に勝たせるために援助する意図の無いことに気付いた。ソヴィエトがいくらかの軍装備を売るにあたって単にその支配網にエジプトを捉えようとしているだけだ、と悟ったのである。そこでサダトはエジプトからソヴィエトの軍事顧問と技術要員を追い出した。

●1982年レバノン侵攻

イスラエルでは大部分のユダヤ人がイスラエルの戦争政策と攻撃的な行動に疲れている。そして平和を望んでいる。戦争を望んでいるのは共産主義者一派だけなのだ。悲しいことにイスラエルで権力を握っているのがこれらの共産主義者たちなのである。

1982年のイスラエルによるレバノン侵攻はイスラエルの人々をさらに分裂させてしまった。もっと軍国的なユダヤ人内部でも分裂が起こっている。

イスラエルの指導者たちがレバノンに攻め入るために掲げた理由は、パレスチナ解放軍(PLO)を根こそぎにすることであり、彼らのイスラエルに対するテロ攻撃をやめさせることであった。多くのイスラエル人は敢えて声をあげその理由が《嘘である》と非難している。そして、イスラエルとの平和達成の努力としてPLOが11ヶ月間イスラエルへの攻撃を控えてきたことを指摘した。

レバノンへのイスラエルによる攻撃の真の理由は次の通りである。

  1. 永久戦争を実行することがイスラエルのシオニスト/マルクス主義指導者たちの意図である。レバノンに対する攻撃は単にイスラエルの「侵略戦争」政策の新たな一面に過ぎない。
  2. 中東には、特にイスラエルには水が少ない。イスラエルが国家となって以来、イスラエルはラタニ川の水を自分の使用のために求め続けている。そしてそれを手に入れる唯一の方法は軍事的に侵入して奪い取ることである。

イスラエルの指導者たちと将軍たちは、戦争はたった数日で終わるだろうと計算した。しかし、装備の上ではるかに勝るイスラエル侵略者に対抗して、パレスチナ人と他のアラブ人たちは英雄的に戦った。勝利の見えない数ヶ月が経ち、そしてイスラエルの兵士たちがますます多く母国で埋葬されるようになって、イスラエル内に異議が広がった。イスラエル軍の中にも、多くの兵士が辞めたり命令の実行を拒否するようになった。その命令が無実の一般市民を殺すことを意味したからである。

【注:1982年9月に、レバノンにあるサブラとシャティラのパレスチナ難民キャンプを襲撃して2千人のパレスチナ人虐殺を計画し命令したのは、当時国防省であったアリエル・シャロンである。なお、首相はメナヘム・ベギン、外相はイツァーク・シャミール。すべて“ゼエヴ”・ジャボチンスキーの流れを汲むファシストである。】

レバノンで任務についていた米国海兵隊員250名の死はアラブ人の責任にされている。これは米国のシオニストがコントロールするメディアによって報道されている。しかし《これには何の証拠も無いのだ!》 実際に、レバノンからの信頼できる報道によると、米国海兵隊基地へのテロ攻撃はイスラエルの軍部、あるいはイスラエルの秘密諜報機関であるモサドによって計画された。この場合、誰が攻撃を実行したのかは重要ではない。イスラエルの人間が計画を立て攻撃をそそのかしたのである。秘密作戦を計画して汚い仕事を誰かにやらせるのは、シオニスト/マルクス主義者たちの常套手段なのだ。

【注:1983年10月にレバノンにある米国海兵隊基地に突っ込んだ自動車爆弾によって米兵241名が死亡、同日フランス軍基地でも同様のテロで297名が死亡した。同年の4月にはベイルートの米国大使館で自動車爆弾によるテロがあり60名が死亡している。全て背後関係は「不明」とされたが、平和維持軍は撤退を迫られた。次を参照のこと。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3% 83%AA%E3%82%AB%E5%A4%A7%E4%BD%BF%E9%A4%A8%E7%88%86%E7%A0%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6

ウイキペデイア:アメリカ大使館爆破事件:1983年事件】

海兵隊基地への攻撃をやらせることによって、イスラエルの「戦争の鷹ども」は、この攻撃が米国人を反アラブに向かわせ米国が戦争に巻き込まれていって、アラブ人に対する侵略の更なる手助けをするだろう、と期待をかけていた。しかし幸いなことに、米国国民がその罠に陥ることはなかった。

シオニストがいかにして他に責任をなすりつける意図でテロ攻撃をやってのけるかという格好の例が《ラゴン事件(the Lagon Affair)》である。

【注:この「ラゴン事件」は正確には『ラヴォン事件the Lavon Affair』である。これに関しては拙稿およびWhat Really Happened誌記事を参照のこと。

http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/622.html

「シオニズムと対決するユダヤ人たち」からの翻訳:『イラクのユダヤ人』(第3部)

http://www.whatreallyhappened.com/lavon.html

The Lavon Affair Is History Repeating Itself】

1954年にイスラエル人の1グループがエジプトの米国施設を連続して爆破した。その中には米国大使館を含む。彼らは、エジプトがこの爆破事件で非難され、米国とエジプトの関係が壊れる原因となることを期待したのだ。

幸いなことに、エジプトの当局者が、爆弾を仕掛けようとしている最中のイスラエル人エージェントを捕らえ、イスラエルの陰謀の全容が明らかになった。

シオニストがコントロールする米国のニュース・メディアがこの報道をしなかったため、大部分の米国人はこの卑劣な《ラゴン事件》を知らない。ちょうど米国メディアがイスラエルによるU.S.S.リバティ攻撃を取り巻く事実を報道しなかったのと同じである。

イスラエルが新たな戦争を引き起こすのはいつなのだろうか。予告するのは難しい。しかしイスラエルが新たな戦争の原因を作ることは確実である。米国国民がシオニスト/マルクス主義イスラエルに関する真実を学び、ワシントンの政治家たちが米国のシオニストにひれ伏すことをやめさせるための行動をし、そして米国納税者のお金をイスラエルの軍機構の資金に利用することをやめさせない限りは。

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●イスラエル軍の弱点

イスラエルが強力な軍事力を持っていることは間違いない。イスラエルの軍事力の基礎は米国によって供給され米国納税者によって支払われる巨大な量の最新鋭の装備である。

しかし深刻な弱点がイスラエル軍の中に広がりつつある。弱点が現れてくるのは人的な面での構造においてである。これには二つの主要な理由がある。

  1. イスラエルがずっと戦争を行い続けあるいはその準備をし続けてきたために、イスラエルの青年の優秀な部分がイスラエルを離れ、あるいは軍に勤務しないための口実を探している。イスラエル軍の新兵があまりに不足したため、軍はイスラエルにいくらでもあふれている《同性愛者》を公式に徴兵している。実際に1976年にイスラエル軍の士官がクネセット(イスラエル議会)で次のように証言した。もし我々が同性愛者を徴兵しなかったならば我々は各階級を満たすに十分な人力を確保できないだろう、と。同様に、イスラエルは最後の手段として外国の傭兵(雇われ兵士)を雇わなければならなくなっている、ということが知られている。
  2. もう一つの弱点は、イスラエル軍の中でアシュケナジ・ユダヤ人とセファラディ・ユダヤ人の間の敵意が増大しつつある、という点である。これは、ほとんど全ての士官クラスがアシュケナジ・ユダヤ人であり、実際にほとんどの戦闘を行う下級兵士の大多数がセファラディ・ユダヤ人であるために、増大していることである。軍内部でのアシュケナジ・ユダヤ人のセファラディ・ユダヤ人に対するひどい扱いのために、セファラディ・ユダヤ人による反乱の可能性が大きいのだ。

●米国の男性、女性、少年、少女に対する警告

イスラエルを支配するマルクス主義シオニストたちと、米国にいるマルクス主義シオニストたちは、米国をイスラエルの側で中東での戦争に引き込むために罠を仕掛けようとしているのだ。彼らは1982年に米国海兵隊がレバノンに派遣されたとき、それにほとんど成功しかけていた。レバノンで死んだ250名の米国海兵隊員の血が、イスラエルと米国にいるシオニストたちの手から滴り落ちている。

もっと多くの米国人がシオニスト/マルクス主義イスラエルの真実を知らされないならば、あなたは遅かれ早かれ、神が選んだ民族であると主張する無神論者たちが、米国を罠に嵌めて、昔から米国の最も良い友人であり続けるアラブ人たちに敵対する中東戦争に引きずり込むだろう。

もっと多くの米国の若者がこのような狡賢いシオニストの殺人のために死ぬことになるだろう。この連中は、ついでに言えば、朝鮮戦争やベトナム戦争と同様に、米国を第1次と第2次の世界大戦に米国を追いやった責任を負ってきたのである。

シオニストの国際的な銀行家たちとその他のシオニスト・ユダヤ人たちがこれらの戦争による利益を数えている間に、米国の母親や父親、兄弟と姉妹たちがその息子と兄弟の死を嘆いていたのだ。

シオニストの欺きのために、いつの日か、あなたの息子や兄弟を失って嘆き悲しむ《ことになるのだろうか?》

【注:お気づきの通り、この部分は9・11以後の状況に対する見事な予言になっている。】

●イスラエルでの犯罪

イスラエル(以前のパレスチナ)が、かつてモーゼとイエスとモハメッドが歩いた地であるがゆえに、ここの住人たちは、この聖なる土地とそこに存在する宗教的な場を何らかの尊敬でもしているかのように見えるのかもしれない。

ほぼ全てのアラブ人イスラム教徒とアラブ人キリスト教徒はこの地の神聖さに対して確かに敬意を、そして崇敬の念さえ持っている。しかし、ユダヤ人ではごくわずかの少数派だけが同様の敬意を持つに過ぎない。95%のユダヤ人は無神論者あるいは世俗的な人間主義者であり、十戒やその他の罪深い人間的な行為に対する戒めを気にも掛けない。

シオニスト/マルクス主義ユダヤ人たちが「聖地」のコントロールを勝ち取ったとき、あらゆる形の犯罪がこの地に浸透し始めた。2、30年の間にこの聖地は現代のソドムとゴモラとなった。麻薬密輸、麻薬使用、不法な武器取引、売春、ギャンブル、違法労働、殺人、搾取、脅迫、保険金詐欺、高利貸し、そして政府高官と警察の贈収賄が、イスラエルの日常生活の一部になったのだ。

イスラエルは、テルアヴィヴ近郊のバッ・ヤム(Bat- Yam)に、高度に組織化された犯罪シンジケートの本部を持っている。このシンジケートのメンバーの大部分は、元イスラエル軍の関係者とコマンドであり、武器と爆発物の使用には高度に洗練された技術を身に付けている。

このイスラエルの犯罪シンジケートは、政府と警察組織の腐敗のおかげで、おおっぴらに活動する。警察と政府高官の一部がこの犯罪シンジケートからカネを支払われ、そして一部の高官たちは犯罪行為に積極的に加担している。

平均的な米国人はこのイスラエルの真実の面を聞くことがない。なぜなら、シオニストにコントロールされた米国の新聞やラジオやテレビがそれについて無視する態度を貫いているからだ。しかしイスラエルではいくつかの新聞が真実を報道している。たとえば2年前に、ヘブライ語新聞の中の一つでその一つのページのちょうど真ん中に、イタリア・マフィアが40年かけて出来なかったことをイスラエル・マフィアは5年で成し遂げたという内容のことが書かれてあった。マフィアは中東で最も巨大な不法麻薬輸送ルートを発達させたのである。それは主要にドイツと米国に麻薬を売っている。そしてドイツと米国の中においてさえその販売ネットワークを持っているのだ。

イスラエルの神聖な場所と感情的で宗教的なつながりを持っている少数のユダヤ人、およびここを去るための資金を持たない下層のユダヤ人たちを除いて、他の真面目なユダヤ人たちはすでにここを去ったか、あるいは立ち去ろうとしている。その最も大きな理由は、イスラエルの社会と生活に実際に浸透している犯罪が真面目なユダヤ人たちにとって耐え難いほどひどい、ということである。

●イスラエルの軍需産業

テロリズム、暴力、そして戦争が、イスラエルでの生活の道であるからには、軍装備と武器を製造する産業がイスラエルの主要な産業と輸出になっているのが至極当然のことといえる。

建国後の数年間、イスラエルはその軍事的な需要を米国と共産圏の国々から手に入れていた。しかし次第に《米国の力を借りて》イスラエルは自らの兵器産業を発達させた。

米国政府に対するシオニストの支配は「イスラエル優先」政策を導いてきている。この「イスラエル優先」政策は米国の経済を激しく傷つけている。

ある種の軍需物資を米国で作って米国人労働者に仕事を供給する代わりに、《それらの製品を製造するための米国による資金と技術の援助》を伴う工場がイスラエルに作られるのである。

米国はまた、イスラエルが電気製品、医薬品、化学製品、室内設備など、本来なら米国内で作ることが出来たはずの製品を製造する工場を立ち上げる手伝いをしている。

イスラエルがこれらの「イスラエルを助けよう」産業で利益を上げている間に、米国の労働者は失業者の列の中に立っている。

ある種の戦争用資材の製造が極めて巨大な量にのぼるため、それらはイスラエルの主要な輸出品となっている。この「中東で唯一の共産主義の砦」として描かれてきた《戦争製造》国は、その戦争用の製品を、カネを持つ者なら誰にでも売りつける。その中には《ファシスト》や《共産主義》という抑圧的な独裁政権を含む。

イスラエルは自国製の武器を売るだけではなく、同時に米国からイスラエルに提供された武器を売ることさえする。

アフガニスタンでソ連軍によって使用された武器の一部が《米国製》であり元々はイスラエルに運ばれたものであったことがすでに分かっている。

同時にまた、アンゴラでキューバ軍によって使用された武器の一部が《米国製》であり元々はイスラエルに運ばれたものであったこともすでに分かっている。【注:1970年代から80年代にかけてキューバはソ連の戦略に沿ってアフリカ諸国に派兵したが、ポルトガル領アンゴラではアンゴラ人民解放戦線のバックアップを行った。】

これは皮肉なことなのだが、米国は共産主義の拡大に対抗して生きるか死ぬかの戦いをしており、にもかかわらずシオニストに支配された我が米国の政府は《イスラエル経由で》共産主義勢力に軍需物資を運ぶことを許しているのである。

●イスラエルの人種主義政策

一人のアシュケナジ・ユダヤ人である私がセファラディ・ユダヤ人と結婚したときに始まったイスラエルでの困難に関する私の話を思い出してほしい。アシュケナジ・ユダヤによる反セファラディ的な対応は、むしろ政府の公式な政策でもある。この人種主義派イスラエルに非常に深くしみこんでおり、ユダヤ人たちを激しく引き裂いている。

ある日私はテルアヴィヴの喫茶店に入った。席がいっぱいで私は一つだけ空いた席に座ることになった。このテーブルにはモロッコ出身の5人のセファラディ・ユダヤ人が座っていた。彼らは私がヘブライ語を勉強している最中であることを知り、私の勉強を手伝ってくれていた。そのときである。青い目のナチ・タイプの警察官が喫茶店に入ってきたのだ。

彼は私に「この“Kooshim”どもから離れろ。」と命令した。“Kooshim”というのはヘブライ語で「黒んぼ」"Niggers"の意味である。

私は答えた。「食事を食べ終わったあとで。」

その警察官は携帯のピストルを抜いて言った。「動け!今すぐに!」

「言うことを聞いた方がいい。」喫茶店の店主が私に注意して、私は立ち上がった。

警官は私の側に立って私の顔にピストルを突きつけ、そして命令した。「お前のコーヒーとパンを床に捨てろ。」

拳銃を突きつけられては逆らうすべも無かった。私はコーヒーとパンを床に捨てた。

そして彼は言った。「ここを出て行け。戻ってくるな。」

後になって、私が幸運だったことを知った。その警官は、もしその気があったのなら、私を逮捕することが出来たのだ。そして彼はいい加減なイスラエルの法律のもとで私を撃ち殺すことすら出来たかもしれない。

米国ではもし誰かが警察官の横暴や不当な行為に不満を持つならその調査が行われる。しかし《イスラエルではそれが無いのだ》。不満を表す者には警察官の実力行使が待っているのだ。しばしば激しく殴られることになる。

私がセファラディ・ユダヤ人と結婚していたためにまともな住居とましな職業を拒否されたのに加えて、私は人種的な嫌がらせの標的になった。私がセファラディ・ユダヤ人と結婚していたという理由で、何回もアシュケナジ・ユダヤ人たちの《攻撃を受ける》ことになった。

イスラエルに来てセファラディ・ユダヤ人と結婚した他の米国出身のアシュケナジムたちは、私と同様の仕打ちを受けたのである。

セファラディ・ユダヤ人が人種主義的行為の犠牲者であったために、私はイスラエルで、セファラディ・ユダヤ人が欧州出身のアシュケナジ・ユダヤ人に対して次のように言うのを何度も聞いたのである。「ヒトラーはお前たちのようなクソ野郎どもをよくも殺さなかったものだ!」

どうか次の段落を注意深く読んでもらいたい。

私は米国で生まれ、公立の学校に通い、米国のいろんな場所で働き、そして米国陸軍で2年間勤務した。その間一度たりとも、私がユダヤ人であるということでの人種的な攻撃を受けたことなどなかったのだ。イスラエルに行ったばかりに、いわゆる「《全ての》ユダヤ人の天国」に行ったばかりに、《ユダヤ人である》私が人種主義のために苦しむことになったのだ。

シオニストにコントロールされる米国のメディアは、イスラエルが激しい人種主義の国であるというニュースを、米国人に伝えないようにしている。米国にいる大部分のアシュケナジ・ユダヤ人はイスラエルの人種主義に気付いていない。イスラエルを訪れるユダヤ人ですら、人種主義的な出来事の証言から用心深く遠ざけられているため、これに気が付かないのである。

しかしながら、米国のセファラディ・ユダヤ人たちはイスラエルでのセファラディ・ユダヤに対する人種主義的行為の事実を伝え広めている。これを知っているから、セファラディ・ユダヤ人たちは米国からイスラエルへの移民の中に加わっていないのだ。

私が今までに書いてきたことから、今やあなたはユダヤ教を実践するユダヤ人がほとんどいないことを知ったはずだ。大部分のユダヤ人は無神論者、あるいはアンチ・ゴッドの宗教である人間主義の支持者である。だからユダヤ人のことを、イスラエルが聖書による予言の成就であるとみなしている宗教的な民族であるかのように描くのは、一つの神話なのだ。同様に、ユダヤ人が一つの人種であるかのような描き方も神話である。セファラディ/アシュケナジの分裂が何よりの証拠だ。

イスラエルで行われている人種主義は、イスラエルが遅かれ早かれ自己崩壊するであろう理由の一つである。

●イスラエルでの共産主義

シオニストにコントロールされる米国のメディアは、米国人たちに、イスラエルが中東で共産主義を食い止める唯一のバリアであると信じ込ませている。もしこれが米国にとっての深刻な連座ではなかったとしたら滑稽なことなのだろう。

私が今までに語ってきたことから、あなたは今や、イスラエルが基本的にある種のナチ的なファシズムと混ざり合ったマルクス主義の国であることに気付くに違いない。このことについて大きな本を書くことができるのかもしれないが、現在のところ私は、以下のことを付け加えるにとどめたい。

1.イスラエルは共産主義政党が活動することを許している中東で唯一の国である。そこには三つの政党がある。皮肉なことに、共産主義政党の活動を禁止しているのはアラブ諸国なのだ。(例外は北イエメンで、ここは卑劣な手段によって共産主義者たちに奪い取られた。)

いくつかのアラブ諸国は共産主義圏の国々から軍装備を購入するが、それは彼らが、米国がイスラエルに供給する莫大な量の兵器に見合うだけのものを、米国から手に入れることが出来ないからなのだ。ただしそれも、アラブ/ソヴィエト関係が続いている限りにおいて、である。

2.ソヴィエト連邦は、イスラエルに向かうという約束があれば大量のユダヤ人に国を去ることを許している。そして《イスラエルはこれらの共産主義が身に付いたユダヤ人たちを歓迎するのだ》。次の点は注目しておかねばならない。いったんソヴィエト連邦を離れたからには、たとえ大部分と言うわけではなくても、ソヴィエトのユダヤ人はイスラエルの代わりに米国にやってくるのだ。次の点にも注目しなければならない。建国以来、何十万人ものユダヤ人がイスラエルを去っている。一部の情報はその数を《百万人》とする。それらのユダヤ人の一部は、イスラエルで暮らすよりもむしろソヴィエト連邦に戻ることを求めているのだ。これらのユダヤ人の生活はソヴィエト・ロシアでのほうがましなのである。

3.米国がイスラエルに与えている最近の科学的な進歩がソヴィエト連邦に横流しされている。科学的な情報が通り抜けていく中心地は、テルアヴィヴから50キロメートルほどのレフーヴォット(Rehoovot)という町にあるワイツマン研究所である。

4.クネセットのメンバーのおよそ3分の1が、イスラエルの共産主義、社会主義、あるいは他のマルクス主義起源の政党に属している。これだけでも、イスラエルが中東で共産主義を防ぐ唯一のバリアであることが嘘に過ぎないことは明らかなはずだ。《実際には、中東で共産主義の拡大を食い止めている防御壁を形作っているのはアラブ諸国なのである。イスラエルは、共産主義の背後にあるニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形の一本の足なのだ。》

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●テロリズムと暴力

1897年にスイスのバーゼルで第1回のシオニスト会議が開かれたときに、その目的の一つがパレスチナの土地にユダヤ人国家を作り上げることだった。その当時、わずかのユダヤ人だけがパレスチナに住んでおり、そのほとんど全てが血統的にアラブ人と近縁のセファラディック・ユダヤ人であった。これらのパレスチナ(セファラディック)・ユダヤ人とパレスチナ・アラブ人が何世紀もの間、平和に住んでいたのである。

1897年のシオニスト会議の後、ヨーロッパのアシュケナジ・ユダヤ人たちがパレスチナに移住し始めた。そして買うことが出来る場所ならどこでも土地を買った。それでもユダヤ人たちは、1920年に《わずかに2%》のパレスチナの土地を所有するのみだった。

イスラエルが建国を宣言した1948年までに、これらのユダヤ侵略者たちは土地の所有を増加させていたが、しかし《それでもなお6%に満たなかった。》

ヨーロッパ・ユダヤ人の移住の増加に対応するために、ユダヤ人たちはもっと多くの土地を必要としたが、パレスチナのアラブ人たちは土地を売ることを拒否した。そこでパレスチナ人からもっと多くの土地を手に入れるために、これらの元祖共産主義者であるヨーロッパ(アシュケナジ)・ユダヤ人たちは、自分たちが熟達しているある手段に訴えた。《テロリズムである》。

パレスチナ人に対する彼らの最初の大規模テロ行為は、パレスチナの村、デイル・ヤシンで起こった。1948年4月9日の夜のことである。二つのテロリスト・ギャングである《イルグン》と《スターン・ギャング》が村を襲撃して250名の男、女、子供を殺害したのだ。

【注:このデイル・ヤシン村への襲撃は単にイルグンとスターン・ギャング(レヒ)だけが責を負うものではなく、後にイスラエル軍の主体となるハガナーとも十分な打ち合わせの上であった。つまり、ベギンやシャミールといったファシストだけではなく、ベン・グリオン、メイアなどの社会主義者も連座する。このテロ事件の概観は次のサイトで。
http://en.wikipedia.org/wiki/Deir_Yassin_massacre

デイル・ヤシンへの襲撃のリーダー、メナヘム・ベギンは後にイスラエルの首相になるのだが、これについて次のように言った。「この大量殺人は単に正当化できるというだけではない。デイル・ヤシンでの『勝利』無しではイスラエル国家は存在しなかっただろう。」

この大量殺人に恐れた他のパレスチナ人たちは自分の家を捨てて逃げることとなった。シオニスト・テロリストたちはスピーカーを取り付けたトラックに乗って、パレスチナの道から道へと繰り出し、パレスチナ人に対して、もし立ち退かないのならデイル・ヤシンで起こったことがお前たちにも起こるぞ、と脅迫して回った。これらのシオニスト・テロリストたちはハッタリ屋ではなかった。例を挙げよう。

  • 彼らはバラッド・エシュ・シェイク(Balad Esh-Sheikh)で60名のパレスチナ人を殺した。
  • 彼らはサーサ(Sa'sa')で20の家を爆破して60名の女性と子供を殺した。
  • 彼らはエルサレムにある聖シモン修道院で働く数多くの女性たちを殺した。
  • 彼らはリッダ(Lydda)で250名を虐殺した。
  • 彼らはエド・ダワジメー(Ed- Dawayimeh)にある村のモスクで200名を殺したが、その多くは老人たちだった。
  • 彼らはカフル・カセム(Kafr Qasem)の畑から戻る最中の51名の労働者を殺した。
  • カバ・ビリム(Kaba Bir'im)のキリスト教徒住民は村から追い出され村は破壊された。この村の墓は暴かれ73の十字架が打ち壊された。

以上のものとその他のテロ行為が起こされている2、3ヶ月の間に、30万人のパレスチナ人のキリスト教徒とイスラム教徒が自分たちの土地から追い出されるか、あるいは、ヨーロッパの元祖共産主義ユダヤ人からなるテロリスト・グループによって殺された。すぐにイスラエル国家の支配エリートとなったのは、同じ元祖マルクス主義者ユダヤ人たちなのであった。最初から、そして現在に至るまで、これらのテロリストである元祖マルクス主義のシオニストたちがイスラエルを支配しているのだ。

1948年5月14日にイスラエルが建国を宣言した後も、イスラエルのテロリズムはより多くのパレスチナ人をその土地から追い出す中で引き続いた。

1948年以来、350のキリスト教の教会とイスラム教のモスクがこれらのシオニスト・テロリストたちによって破壊された。

この時点で、私はアメリカ合衆国の神を信じる全てのキリスト教徒、イスラム教徒、そしてユダヤ教徒に、次のような警告を与えたいと思う。

《このシオニスト・ユダヤ人による宗教破壊は米国においてすでに進行中である。イスラエルではそれはほぼ達成された。》

●シオニストは反対者を「絶滅させる」

その目的を達成するために、シオニストたちは《誰一人として反対を許さない》であろう。第2次世界大戦の間、シオニストの指導者たちはナチスと協力して下層階級のユダヤ人たちを強制収容所に送った。だからシオニストたちが、シオニズムに反対するのではないかと恐れた252名のユダヤ人移民を運ぶ船パトラ(Patra)を沈没させたことは、驚くべきことではない。他にも、シオニストが同じ理由で客船ストルーマ(Struma)を沈没させ760名の命を奪ったのである。

【注:このPatraとStrumaに関しては次の資料を参照してもらいたい。ただしこれはシオニスト側の資料であり、共に『不法移民船』という扱いである。

http://www.zionism-israel.com/dic/Patria.htm

http://www.zionism-israel.com/dic/Struma.htm

世界的に有名な人物でさえもシオニズムのテロリズムと暴力の毒牙にかかった。1948年にイスラエル/パレスチナでの平和な定住をもたらす努力として、国連は仲介役としてスウェーデンのフォルケ・ベルナドッテ(Folke Bernadotte)伯爵を派遣した。ベルナドッテ伯爵はこの地の分割を支持していた。つまりユダヤ人用の土地とパレスチナ人用の土地に分けることである。これは、《全ての土地》を要求するシオニストたちを激怒させた。外交や法や良識に対する侮蔑を厚かましく見せつけ、シオニストたちはベルナドッテ伯爵を「抹殺した」のだ。彼とその運転手がエルサレムの通りを運転中に殺害された。

【注:この暗殺は1948年9月17日のことであり、実行したのは後にイスラエル首相となるイツァーク・シャミールが率いるレヒ(スターン・ギャング)だった。】

元祖シオニストであるユダヤ国際金融機関にバックアップされたシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人がロシアを奪い取って以来、数千万の人々が死んだ。中東では、同じシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人が全く同様の手口を使っている。アラブ人をその地から根絶させるために、彼らは何万人とも知れないアラブ人を殺し何十万もの人々をホームレスにしてきたのだ。

疑問が持ち上がる。シオニスト/ボルシェヴィキたちが中東の支配を成し遂げるときには、そして米国全土の《物理的な》支配を成し遂げるときには、彼らはどれほどのアラブ人を殺すことになるのだろうか? 彼らはすでに米国人の生活のほとんどあらゆる側面で支配を果している。もしもシオニストたちが米国国民に《銃規制》を強制することに成功したならば、彼らの米国完全掌握をストップするものはなくなるだろう。

●差し迫る災難

ロシアのユダヤ人であるエフライム・セヴィーリャ(Ephraim Sevilla)は1971年にイスラエルに移住した。イスラエルでの5年間の不満な生活の後、彼は他の良識ある全てのユダヤ人同様にそこを離れた。彼の本《イスラエルにさよなら》で、セヴィーリャは、イスラエルが後10年しか続かないだろうと書いた。彼がこれを書いたのは1985年である。

【注:エフライム・セヴィーリャという人物とその著作については不明。やや分りにくい点がある。このジョン・バーンシュタインの本が出版されたのは1985年だが、その前年にコピーライトを登録している。この部分は出版の直前に追加されたのだろうか。】

イスラエルは1995年を超えてもダラダラと存在し続けるのかもしれない。しかし私はイスラエルが災厄の縁に立っているという点ではセヴィーリャに賛同する。

イスラエルの崩壊よりも以前に、腐敗したイスラエルの指導者たちとその他の権力を握るユダヤ人たちは、ユダヤ人の献金と共にイスラエルに与えられた米国納税者の莫大な額のカネを着服しそれを外国の銀行で貯めこんでいるとして告発されている。

イスラエルの政策のために世界の自由な国々がイスラエルとそれを支える米国に対して反旗を翻していることは心に留めておかねばならない。このことはイスラエルと、何よりも米国を傷つけているのだ。

もし《現在存在しているような》イスラエルが単に崩壊して存在をやめてしまうとすれば、世界はきっとそれによって良い方向に行くだろう。不幸なことに、ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形はイスラエルがすぐに死に絶えることを許さないのだ。イスラエルの崩壊が近づく際に、次にあげるこの三角形によってなされる二つの行動のうちの一つが原因として考えられるのかもしれない。

1.イスラエルが大規模な中東戦争の引き金になる可能性がある。その戦争でイスラエルは単独では勝つことが出来ない。そこで三角形中のニューヨークの脚が米国政府に対する影響力を行使して米国軍をイスラエル支援に向かわせることになるかもしれない。

三角形中のモスクワの脚が軍事的に参加することは考えられない。モスクワは単にふんぞり返って座り込み、イスラエルのアラブ人との戦いを援助することで米国が弱体化するに任せるだけだろう。

この戦争中のある時点で、米国軍が深く巻き込まれ米国国民に嫌気がさしてきたときに、元祖シオニスト・ユダヤの国際金融機関が行動を起こすだろう。米国の中央銀行である連邦準備委員会の最大の株主がこれらの銀行であることが、様々な証拠からはっきりしている。この特権的地位によってこれらのシオニスト金融機関は米国で経済恐慌を引き起こすことが出来るし、またその意図があるだろう。ちょうど彼らが1929年に株式市場の暴落を作って1930年代の激しい不況をスタートさせたようにである。

現在米国で使用されている通貨システムは金や銀、あるいは何か値打ちのあるものによって支えられている《のではなく》、現行の紙のドルとブリキのコインは無価値なものになるだろう。

混乱状態の結果、そして食料や他の必需品を手に入れる努力として、米国国民は「新憲法」を受け入れることになるだろう。その草案はすでに書かれている。これが米国国民を元祖シオニスト国際金融機関とシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人に操られる単一世界政府の独裁政治の下に置くことになる。

中東での戦争がどの方向に向かうのかということは、正確には、ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形と神だけが知ることができるだろう。

そうなってしまったときに、主要な敗者は次の者達だろう。

米国の国民、
アラブ人たち、
正義と自由のために立ち上がるセファラディックとアシュケナジ・ユダヤ人たち。

唯一の勝者は次の者だろう。

シオニストの国際金融機関とシオニスト/ボルシャヴィキ(共産主義/社会主義)ユダヤ人たち。

2.もう一つの起こりうることの道筋は、そのバック・アップ計画である。もし米国の納税者たちが「もうたくさんだ!」と声をあげたら、

破産したイスラエルを支える費用は米国の納税者から猛烈な量で流れ出続けている。もしある時点で米国の納税者が「もうごめんだ!」と声をあげるようなことになるかもしれない。そのときには、ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形中のモスクワの脚がその空白を埋めるべく行動を開始するだろう。

米国を中立化させるために、シオニスト国際金融機関は経済的な崩壊を作り出して米国をカオス状態に放り込みそうである。

ソヴィエト・ボルシェヴィキ・ユダヤとイスラエルのシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人がアラブ諸国に対してどのような軍事行動をとるのかは、ニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形と神だけが知ることができるだろう。まず彼らはアラブの石油地域を攻撃する可能性が高い。

しかしどのような行動がとられても、一つのことが確かである。敗者は、

米国の国民、
アラブ人たち、
正義と自由のために立ち上がるセファラディックとアシュケナジ・ユダヤ人たち。

唯一の勝者は次の者だろう。

シオニストの国際金融機関とシオニスト/ボルシャヴィキ(共産主義/社会主義)ユダヤ人たち。

米国とイスラエル双方での軍事的、経済的、政治的行動の増大に基づいて、以上に私が述べた二つの行動日程が、あの三角形が従うであろう筋道として最も合理的なものだろう。そのどちらの面が増大するのかは、あるいは我々にとって驚きであるような別のことが起こるのかは、シオニスト/ボルシェヴィキの軍閥たちと神だけが知ることができるだろう。

次の疑問が持ち上がる。米国にいる我々はこの軍閥たちを止めるために何が出来るだろうか。

●賭け――自由を守るか、奴隷になるか

このシオニスト/ボルシェヴィキの軍閥たちを止めるために採られるべき道を決めるに当たって、次の二つの点が鍵を握るだろうし、繰り返され強調されなければならない。

1.あの三角形の脚の一つはニューヨーク市に基盤を置いている。ロシアのボルシェヴィキ革命を遂行するために財政的・組織的な援助が送られたのはここからである。この革命はシオニスト/共産主義権力の第2の脚《モスクワ》を確立させたのである。

もしニューヨーク/ボルシェヴィキ・ユダヤ人たちとその全米ネットワークによる継続的な支援がなかったならば、共産主義はとうの昔に崩壊していただろう。しかし米国内でのシオニストによって握られる様々な面の権力が、米国国民を欺いて共産主義を支持するように仕向けることが出来たのである。

2.もし《ニュース・メディア》が米国国民にシオニスト/ボルシャヴィキたちの行動について情報を与え続けていたなら、共産主義は発足しなかっただろうし米国人が直面する問題の大部分は大きくならなかっただろう。しかしながら、これらのシオニスト/ボルシェヴィキ(共産主義)・ユダヤ人たちは狡賢い。彼らが米国で破壊工作を開始する前に、彼らは主要な新聞と、特に国内外のニュースをより小さな日刊紙に提供するニュース・サービスへの支配を成し遂げたのである。彼らがコントロールをした、そして今もし続けているために、主要なメディア情報は、ラジオとテレビを含めて、彼らの破壊工作に関する真実を捻じ曲げあるいは削除することが可能であり続けている。

●暴露が解決である

1920年にヘンリー・フォード卿は次のように書いた。「もし米国の国民がこのユダヤ人の一党に関する真実に気付いているとしたら、それが解決になるのかもしれない。」ヘンリー・フォードが意味したことはこうである。もし米国国民が真相を学ぶことがあるのなら、彼らはこのシオニスト/ボルシェヴィキ・ユダヤ人支部をストップさせるために、《必要なあらゆる行動を》起こすだろう。

多くの個人とグループが米国人に、シオニストについてと、彼らが米国およびその他の自由世界の国々に対して示す危険について、知らせようと試みている最中である。しかしそれは、効果をあげているというには未だ程遠い状態だ。密かにしかしエネルギッシュにその情報を他に伝える手助けをすることが《気付いている》ほぼすべての人々にとって価値のあることだろう。それによって利益を得る人々は次である。

  • 自由を守ろうとするアメリカ的米国人
  • 中東で弾圧の棘を取り除こうと望むアラブ系米国人
  • ボルシェヴィキの災いを祖国から取り除きたいと願う欧州の占領国家出身の人々
  • ボルシェヴィキ/共産主義による祖国の強奪を目撃したエチオピアやその他のアフリカ諸国出身の人々
  • 共産主義の暴力を感じてきた中国系、ベトナム系、韓国系、そして他のアジア系米国人

これらすべての国々は、同じ破壊的な敵――シオニズム/ボルシェヴィキ(共産主義/社会主義)ユダヤ人と戦い続けている。もしその全てが協力し合って努力したならば、はるかに効果的になるだろう。

私は、シオニスト・ユダヤに対しての戦いを先導するのは、私のように米国を愛しニューヨーク/モスクワ/テルアヴィヴ三角形が世界にもたらしている苦しみと破壊を悟る《親米的ユダヤ人》であるべきだ、ということを付け加えなければならないだろう。

●聖地のあり方

現在イスラエルに占領されている土地が正しくも「聖地」と呼ばれているがゆえに、すべてのキリスト教徒、イスラム教徒、そして反シオニストのユダヤ教徒は、イスラエルを、国際的な監視の下で非武装の聖なる地に転換させる努力で協力し合うべきである。そうして、この聖なる地から《拷問、戦争、そして麻薬》ではなく《神の言葉》が現れてくるのだ。

●真実の事柄

私はこの本のキーポイントを再度強調したい。米国が直面している国内問題に関して、《その問題の主要な原因がすでに突き止められている、というのでない限り》、それを語るのは《時間の無駄》なのだ。その原因とは、言うまでもなく元祖シオニストのユダヤ国際金融機関であり、そして秘密の仮面の後ろで操作するシオニスト・ユダヤ人たちなのである。

●挑戦状

この本の内容はシオニスト・ユダヤ人たちの激しい反応を引き起こすと予想される。

私は、我がシオニストの兄弟である《あなた方》が、あなた方の破壊的な行為を暴露しようとするあらゆる人々を黙らせるために用いる戦術について、十分に解っている。

もしもその人がキリスト教徒なら、あなた方は叫ぶ。「お前はアンチ・セミティックだ」と。それはあなた方の行為を覆い隠す煙幕に過ぎない。

しかしもしも、暴露する者がユダヤ人であるなら、あなた方は他の戦術を採用する。

*最初に、あなた方はその非難を無視し、その情報が広まっていかないことを期待する。

*もしその情報があまりに多くの人々に広まり始めたら、あなた方はその情報やそれを受け取った個人と人々を嘲笑する。

*もしそれがうまくいかなければ、あなた方の次のステップは人格攻撃である。もし著者や語り手が十分な醜聞に巻き込まれていないなら、あなた方はその個人や人々に対する醜聞のでっち上げという手を使う。

*もしこれらの手がすべてうまくいかなければ、あなた方が物理的攻撃という手を使うことは解っている。

《しかし決して》あなた方はその情報が誤っていることを証明しようとしないだろう。

そこで、あなた方が私を黙らせようと努める前に、私はこの挑戦状を叩きつけよう。

あなた方シオニストは、自分たちの立場を支えるために、数多くのシオニスト・ユダヤや証人たちを集める。そして私は同数の反シオニスト、親アメリカのユダヤ人と証人たちを集めるだろう。

そして、シオニストと反シオニストは、この本や関連する物事を材料にして各々の立場を述べ論争を行うだろう。そしてその論争は《公共のテレビで行われるだろう》。

双方が示すことの出来る情報を公開しよう。そしてその情報が正しいのかどうか、米国人自身に判断してもらおう。

●これはフェアな挑戦状ではないのか?

もちろん、私が書いていることがもしも嘘ならば、あなた方は喜んでこの挑戦状を受けるだろう。

しかし、もしあなた方が「嘘だ、これはみな嘘だ」と叫ぶ手を使い論争を拒否するならば、あなた方は米国の国民に私がここに書いたことが真実であることを事実上告げていることになるのだ。

―― ジャック・バーンシュタイン

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【引用元】阿修羅掲示板「和訳連載:シオニスト・イスラエルからの内部告発――共産主義とファシズムの国」より

http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/888.html

http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/900.html

http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/904.html

http://asyura2.com/0505/holocaust2/msg/911.html

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