従来の経済理論が実情に合わない
90年代以降、デフレ不況を終息させるため、経済理論にもとづいた施策がとられた。ところが思ったような効果は得られず、不況はいまに至るまで続いている。
ケインズ派(※)の理論では、金利が下がれば景気は上向くはずだし、財政刺激でもやはり景気はよくなるはず。
しかし、理論は完全に裏切られた。金利はどんどん下がり、ついにゼロ。それでも景気は回復しない。財政刺激も莫大なおカネを注ぎ込んで実行された。財政支出は90年代に合計10回、総額にして約150兆円にも達した。これも効果はさっぱりだ。
日銀は長いあいだ、自らができる政策は、短期金利の上げ下げだけとの立場を取ってきた。ケインズ派の理論が役に立たないなら、日銀の金利政策も効果があるはずがない。
ハイパワード・マネー(※)に重きを置くマネタリズム(※)も、いい結果は得られていない。90年代、ハイパワード・マネーが増えた時期、逆にGDPが落ち込む現象が見られた。すでに80年代、日本、アメリカ、イギリスなどでは、マネタリズムがうまくいかないのが、わかってきている。
※ケインズ派
ケインジアンともいう。イギリスの経済学者J・M・ケインズ(1883-1946年)の理論を信奉する経済学派。その理論は、著書の『貨幣論』と『雇用・利子および貨幣の一般理論』にまとめられている。ケインズは「マクロ経済の祖」と呼ばれる。
※ハイパワード・マネー
現金と預金準備金を足したもの。現金は市場で流通している現金と銀行保有の現金を合計する。日銀は貸出や買いオペ・売りオペなどの手法でハイパワード・マネーをコントロールし、通貨供給量(マネー・サブライ)を増減できる。
※マネタリズム
簡単にいうと、世の中の資金量を調節すること(金融政策)で、経済は調整できると主張する経済学派。財政支出拡大による景気刺激策を否定する。
シカゴ大学の名誉教授であったM・フリードマン(1912年〜)が提唱して、「シカゴ学派」とも呼ばれる。
「流通性の罠」なども意味はない
GDPと直結するのは信用創造量だけ
新しい経済理論も小手先でしかない
そこで経済学者たちは、理論のほころびを繕う、補完的な理論があるはずだと考えた。
そのひとつが、「流動性の罠」(※)だ。利子率が異常に低ければ、人々は富を債券や長期預金ではなく、現金で保有する。すると、企業などに回っていかないから、金融政策の効果が出ない、というものだ。
しかし、これは金利が低いときの状況を述べているにすぎない。90年代は、金利が下がり切っておらず、だんだん下がっていく過程にあった。その段階で、すでに金融政策は効果がなかったということを、これはまったく説明していないのだ。
「クライング・アウト」(※)を唱える学者もいる。国債を発行すると公利が下がり、投資が少なくなるという理論だが、明らかに90年代は国債発行が増えたにもかかわらず、金利は上がってはいない。これも的外れだ。
GDPと関係があるのは唯一、信用創造の量だ。従来の理論は、それをほとんど考慮に入れていない。こうした理論に頼って経済政策を立てていたら、日本はいつまでたっても不況から抜け出せないだろう。
※流動性の罠
ケインズが唱えた流動性の罠は、実際に起こることは稀だと想定されていた。しかし90年代の日本では、日銀のゼロ金利政策が効果を見せず、これをもって多くの学者が、流動性の罠の状態にあるという。
※クラウディング・アウト
マネタリストがケインジアンの経済政策に異を唱えたときの主張。公債発行によって財政政策を行なっても、公債残高の増大が金利の上昇を招き、民間投資を減少させてしまうとする。クラウディング・アウトを起こさせないようにケインジアンとマネタリストの政策を組み合わせ、マネー・サプライを増やして金利の上昇を防ぐポリシー・ミックスという考え方も。