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Anti-Rothschild Alliance

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資料室

動画『The Money Masters』の翻訳テキスト page.1 (00:00:30〜00:31:04)

2009-01-03

お金を操る者達

国際的銀行家達はどの様にアメリカを掌握したのか

※『The Money Masters』の動画は下記でご覧いただけます。
http://video.google.com/videoplay?docid=-515319560256183936&q=

00:00:30

アメリカで今なにが起きているのでしょう? なぜ我々は借金で身動きがとれなくなっているのでしょう? 政治家達はなぜ負債を制御出来ないでいるのでしょう? なぜ、かくも多くの人達がしばしば夫婦共稼ぎで将来性のない低賃金の仕事に喘ぎ、依然として僅かな収入でのやりくりを余儀なくされているのでしょう? アメリカの経済と暮らしは将来どうなってしまうのでしょうか?

我々の賃金が減り、購買力は驚くほど大幅に減退しているのに政府はなぜ物価の上昇率は低いなどと我々に言うのでしょうか? 僅か1世代前にはパンの値段が25セント、新車も1995ドル出せば買う事が出来たのです。

00:01:06
ビル・スティル <作家>

我々は1929年の経済破局や世界大恐慌が他愛のない出来事であるかの様に思えるほど未だかつて前例のない凄まじい経済恐慌に突入しようとしているのでしょうか? もし、そうであるなら、我々はそれを防ぐ事が出来るのでしょうか? それともインフレによって引き起こされる貧困化やアメリカ国民の有する貯蓄の目減り、我々の購買力を縮ませる極めて僅かな収入、賃金の固定化等を通じて前と同じ地点に到達するのでしょうか? また、我々は自分達の家族を守る為に何が出来るのでしょう?信用できる専門家達は経済的破局が迫りつつあると言っており、また同時に自分達の家族を守り、食事や住居を確保する為に我々の誰もが出来る単純かつ安価な事柄があるとも言っています。しかし、それをする為に我々はなぜ経済破局が訪れようとしているのか、誰がその背後に居るのか、彼らは何を欲しているのか、そしてそれらの犯罪者達はどの様にして自らの家族を守ろうとしているのか等について知っておかなければなりません。その知識をもってすれば、我々の誰もが迫り来る嵐を乗り切る事が出来ます。

00:01:57

ラリー・ベイツ氏は過去11年間にわたり銀行の頭取として勤務していました。テネシー州議会議員としての彼は銀行商業委員会の委員長を務めています。また、元経済学教授であると共にベストセラーとなった「新経済無秩序」の著者でもあります。

ラリー・ベイツ <経済学作家>

「私は前例のない規模の破局が必ずやって来ると断言する事が出来ます。それはこの国が未だ嘗て経験した事のない規模の破局です。この先の10年間に起こる衝撃的な事柄の最たるものは我々の歴史のどの様な時点よりも膨大な数の人々が膨大な金額を失うことになると言う事ですが、その次に最も衝撃的な事柄はそれと全く同時に比較的小規模なグループの者達が到底信じられない程の大きな金額を我が物にする事です。お分かりでしょうか、経済的な激変や危機に際して富は破壊されるのではなく、単に移動するだけなのです。」

00:02:57

大統領候補のチャールズ・コリンズ氏は弁護士にして複数の銀行のオーナーであり、ある銀行の取締役でもありました。彼は連邦準備制度が我々のお金をコントロールしているが故に借金から開放される事は決してないと信じています。

チャールズ・コリンズ <大統領候補>

「今この時点で、我々が彼らから借金する事を余儀なくしている連邦準備金制度によって、利子の支払いは、既に累積している金利の支払は恒久的なものとされてしまっているのです。それ故、我々が今やろうとしている方法で借金から開放される事などあり得ません。」

00:03:23

経済学者のヘンリー・パスケ氏は経済学の終身講師ですが、彼もアメリカ経済の終焉が近い事を認めています。

ヘンリー・パスケ <経済学者>

「いいえ、1日凡そ10億ドルもの新たな負債が付加されている中でそれはあり得ません。そんな事が続けられる訳はないのです。1980年の時点で1兆ドル未満だった国債額は今や5兆ドル、15年間で5倍にもなったのです。こんな事が延々と続けられる筈のない事は誰にでも分かります。」

00:03:52

問題は我々が、1864年以来、債務を基にした金融制度を保持している事にあります。つまり、我々のお金は全て政府の抱える借金がその基になっているのです。我々は貨幣供給を消滅させる事なく政府の借金を消滅させる事は出来ません。我々が有する金融制度を改革せずに国債を全て清算する等と言うのは不可能な話なのです。ですから、問題を解決するには国債の規模について議論するのではなく、金融制度の改革について討議しなければならなりません。

00:04:20

これはワシントンにある連邦準備制度の本部です。この本部は憲法通りの真っ只中、リンカーン記念塔の筋向いと言う極めて印象深い場所に位置しています。しかし、これは連邦政府のものなのでしょうか?本当に合衆国政府の一部なのでしょうか?

正に、私達がここで示そうとしているのは連邦準備金と称しながら実は連邦政府に属するものが何一つないと言う事、また、準備金など全くないと言う事なのです。この名称は連邦準備法案が1913年に可決される以前にアメリカの中央銀行は公共の利益の為に運営されるものであるとアメリカ人に思わせる為に創られた欺瞞なのです。実は、連銀は個人的な株主達に所有された純粋に彼らの個人的利益の為に運営されている私有銀行であると言うのが真相なのです。

00:05:08
ヘンリー・パスケ <経済学者>

「全くその通りで、連銀は準備金を持たない、つまり、我々の共通通貨である連邦準備券を支えるに足る準備金すら有していない、個人的所有になる、利潤の追求を事とする民間企業なのです。」

00:05:22
ラリー・ベイツ <経済学作家>

「正しく仰る通り、連邦準備銀行は連邦政府のものでもなく本当に準備金を有しているのかでさえ疑わしいのです。それはメンバー銀行が所有している私有の銀行であって、1913年の議会による欺瞞的行為の下に公認されたものなのです。国会議員の殆どが家に帰っていた休暇期間中の1913年12月23日に下院は連邦準備法案を可決させましたが上院の同意を得られずにいました。殆どの議員が家に帰っていたのです。しかし、私は議会に於ける休会が何を意味するのか、その時、審議再開の日取りを特定しない「無期」延期が行われたのかをよく確認したのです。上院はいわゆる「無期」(即ち、審議の再開日を定めずに)延期したのではなく法的にはまだ開会中だったのです。上院議事録に拠ると、1913年12月23日当時の上院には3名の議員が出席しており、彼らは全員一致の発声投票によって連邦準備制度法案を可決させたとあります。反対する者はいなかったのです。一人が異論を唱えて、定足数を満たしていない旨を指摘して抗議の声を挙げる者さえいたのであれば、この法案が通過する事はなかったでしょう。」

00:06:36

連邦準備銀行が米国政府の一部ではないと言う事に尚も疑いを抱いているのであれば、お住まいの地域の電話帳で確認してみるのがよいでしょう。

00:06:45

殆どの市で、それは政府機関の電話番号が網羅されている青色の頁にはなく、私有企業の電話番号が網羅されている白色の頁、フェデラル・エクスプレス社の直後に記されています。

しかも更に直裁的に、米国の裁判所は連銀行が私有企業であると言う判決を何度も下しているのです。連邦議会はなぜ連邦準備銀行を何とか出来ないのでしょうか?大部分の議員達は連邦準備金制度を理解しておらず、また、理解している少数の議員達はそれについて話す事を怖れているのです。例えば、このビデオを作成していた当初にシカゴ選出の経験豊かなある議員が我々との面談を呼びかけて来たので我々の撮影班は二度にわたり彼の事務所を訪れたものの、結局、撮影班が収録できたものと言えば御覧の通りでした。その議員は決して現れようとせず、我々は彼に参加するつもりは最早ないのだと確信しました。しかし、長年にわたりより勇敢であり続けた議員も他に少数いるのです。ここで、その三つの例を簡単に御紹介しましょう

1923年に、ミネソタ州選出の共和党下院議員であり、有名な飛行士である「ラッキー・リンディー」の父でもあるチャールズ・リンドバーグはその事を次の様に表現しています

「金融システムは…連邦準備制度理事会に引き渡された。
その理事会は
純然たる不当利得行為を行っている特定集団…の権限によって
金融システムを運営管理している。
そのシステムは私的なもので、
他の人々のお金を使って可能な限り最大の利益を得る
という目的からのみ運営されている。」

チャールズ・A・リンドバーグ下院議員(共和党‐ミネソタ)

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00:08:16

連邦議会で最も辛辣な連邦準備金制度の批評家の一人で、世界大恐慌時には下院金融通貨委員会の前委員長でもあったペンシルバニア選出の共和党議員、ルイス・ティー・マクファデ ン氏は1932年に次のように述べています

我々は世界の歴史の中でも最も腐敗した機関の一つを国内に有しています。
連邦準備制度理事会がそれです…
この邪悪な機関は・・・合衆国の人々を貧困に陥れ・・・我々の政府を事実上の破産に追い遣りました。
彼らはこの機関を支配する富裕なハゲワシどもの不正行為・・・を通じてそうしたのです。

ルイス・T・マクファデン下院議員(共和党‐ペンシルバニア)

00:08:52

ベリー・ゴールドウオター上院議員は連銀を常に批判しており、次の様に述べています

アメリカ人の大半は国際的両替商が何を行っているか真に理解していないのです
…連邦準備金制度の経理内容は嘗て一度たりとも監査されておりません。
議会によるコントロールの範囲外で活動しており…合衆国の信用を巧みに操作しているのです。

ベリー・ゴールドウオター上院議員(共和党‐アリゾナ)

00:09:14
ラリー・ベイツ <経済学作家>

「連邦準備銀行は連邦政府の一部でもないのに連邦政府以上の権力を有していると言うのは本当なのです。その権力は大統領や連邦議会ないしは裁判所すら凌いでいます。こう言うと多くの人が疑いの目を向けて来ますが、私はそれを明確に示す事が出来ます。連邦準備銀行は一般の人々の車の支払いをどうするか、住宅の支払をどうするか、仕事を与えるか与えないか等について決定しますが、私が思うに ‐これは全面的支配であると考えています。連邦準備銀行は合衆国政府の最大にして唯一の債権者です。諺にありませんか?借手は貸手の召使であると。」

00:09:53

人々が理解しなければならないのは憲法が採択されて以来の今日に至るまで私有の各中央銀行から利益を得ている者達が ‐マディソン大統領は彼らを総称して「両替商人」と呼んでいました‐ アメリカの紙幣を誰が印刷するかについての主導権を得る為の戦いを長期にわたって行って来たと言う事です。

誰がお金を発行するかがそれほど重要なのは何故でしょうか? 貨幣を一つの商品であると考えてみましょう。もし、あなたが全ての人々の必要としている商品の独占権を得て、その商品を十分に持っている者が誰もいないとしたなら、それから利益を得ると同時に途方もない政治的影響力を引き出す方法は幾らでもあります。
この戦いの意味はこの事にこそあるのです。この金権力は合衆国の歴史全体にわたって連邦議会と私設の中央銀行との間を行き来していたのです。

建国の父達は民間法人の中央銀行の有害性を認識していました。先ず第一に、彼らは英国の議会がアメリカ植民地に不当な税金を課さざるを得なくなるほど民間法人の英国中央銀行であるイングランド銀行が英国国債を使い果してしまったのを観ています。

事実、後に見るように、ベン・フランクリンはこれこそアメリカ革命が引き起こされた真の原因であると主張しています。建国の父達の殆どが金融の潜在的な危険性を認識しており、銀行家達が富と権力を蓄えるのを懼れていたのです

「私は金融機関が我々の自由に取って常備軍よりも危険なものであると心底から信じている。
通貨の発行権を銀行から取り戻してその正当な保有者である国民に返還すべきである。」

トマス・ジェファーソン

00:11:24

ジェファーソンが簡潔に表現したこの言葉は、実際、我々が今日抱えている経済的諸問題全て解決するものであり、反復して言い続けなければなりません。「通貨の発行権を銀行から取り戻してその正当な保有者である国民に返還すべきである」と。

憲法の主な起草者であるジェームス・マディソンもそれに同意している。興味深い事に彼は中央銀の策動の背後にいる者達を「両替商共」と称している。マディソンは彼らの行為を強く批判して次の様に述べている

「歴史は両替商共があらゆる形の不正利用、陰謀、欺瞞、
また、あらゆる可能な暴力的手段の限りを尽し、貨幣とその発行をコントロールする事によって
政府を支配し続けて来た事を示している。」

ジェームス・マディソン

00:12:20

貨幣発行権の獲得を巡る闘いは合衆国の歴史全体を通じて極めて重要な課題となっています。各種の戦争もそれを巡って戦われ、恐慌もそれを獲得する目的で創られるのです。しかし、第二次世界大戦以降、この闘いが新聞紙上や歴史の本で言及される事は滅多にありません。何故でしょうか? 第一次世界大戦の時点までに両替商達はその優勢な富によって殆どの国の報道機関を掌握していたのです。

この貨幣発行権の獲得を巡る闘いは合衆国の歴史全体にわたって燃え広がりました。実際、1764年以来その権利の獲得者は8回替わっています。しかし、この事実はマスコミの中にいる連銀の応援団長が張った煙幕の背後に隠され、過去3世代以上にわたって一般の視野から、事実上、消え去っているのです。

00:13:12

我々が赤字や政府の財政支出について話すのを止めて我々のお金を誰がどの程度の額をコントロールしているのかについての議論を開始するまで、それは単に大きないんちき賭博に過ぎません。完全に真っ赤なペテンなのです。たとえ均衡の取れた健全財政を命ずる鉄壁の憲法修正案を国会で通過させたとしても意味はありません。原因をその根元から根絶しない限り、我々の状況は悪化するだけなのです。

我国の問題をどの様に解決したらよいのでしょうか? 先ずは教育です。このビデオを発表するのも正にその為です。しかし次に我々がしなければならないのは行動です。我々は自分達の貨幣を発行する権利を取り戻さなければなりません。我々が自らのお金を発行すると言う解決策は決して急進的なものである訳ではなく、私はその事を強調したいと思います。 それは合衆国の歴史の随所でベンジャミン・フランクリン、トマス・ジェファーソン、アンドリュー・ジャクソン、マーティン・バン・ビューレン、アブラハム・リンカーン等の人物が講じた解決策と同じものなのです。

ここで、纏めてみましょう。1913年、連邦議会は「連邦準備」と言う欺瞞的な名称を被せた独立の中央銀行に米国通貨を発行する独占的権利を与えました。そしてこの準民間企業の創り出す負債こそアメリカ経済を台無しにしようとしている元凶なのです。

連邦準備銀行は今や世界で最も強力な中央銀行ではありますが、最初からそうであった訳ではありません。この問題の重大性を真に理解する為には欧州にまで遡る必要があります。

00:14:50
2.両替商

ジェームス・マディソンが声高に両替商共と呼んだ連中とはそもそも誰なのでしょうか?聖書には2000年前にイエス・キリストが両替商達を神殿から追い払った話が記されています。イエス・キリストがその伝道の過程で力を行使したのはそれが唯一の事例でした。両替商達は神殿の中で何をしていたのでしょうか? ユダヤ人はエルサレムに来て神殿税を納めていましたが、その際にはシュケル(イスラエルの貨幣単位)の半分に相当する特別な硬貨のみを使用していました。それは1/2オンスの純銀でこの位のサイズの硬貨でした。その頃、異教徒である皇帝の肖像を伴わない確かな重量の純銀硬貨と言えばそれが唯一ものでしたので、ユダヤ人にとってはその1/2シュケルのみが神に受け容れてもらえる硬貨だったのです。しかし、その硬貨は豊富に存在しておらず、両替商達はその市場を独占していました。そして彼らはその価格を他の商品と同じ様に相場の限界まで吊り上げたのです。つまり、両替商達は、事実上、貨幣を独占していたが故に法外な利益を上げていたのです。ユダヤ人達は彼らの要求する通りに支払わざるを得ませんでした。キリストにとってそれは神の家の神聖さを完全に汚す行為だったのです。

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00:16:08
3.ローマ帝国

しかし、この悪徳両替商法はキリストの時代に始まった訳ではありません。キリストが生まれる200年前にもローマでは両替商達に手を焼いていたのです。早期ローマ帝国の二人の皇帝が貸金業規正法を改正し、土地所有の範囲を500エーカーに制限する事で両替商達の権力を縮小しようとしましたが、この二人の皇帝は共に暗殺されてしまいました。紀元前48年にジュリアス・シーザーは両替商達から硬貨の権利を取り戻し、万人の利益になるように鋳造しました。それによって貨幣は潤沢に供給されるようになり、彼は大規模な公共事業を実施し、各種の施設を構築したのです。貨幣を豊富に供給したシーザーは大衆の人気を勝ち得ましたが両替商達は彼を憎みました。これこそシーザーが暗殺された一つの重要な要因であったと信じる人達もいます。確実に言えるのはシーザーの死と共にローマに於ける貨幣の潤沢な供給が途絶えたと言う事です。税金の額も腐敗の横行と共に増加しました。丁度、今のアメリカと同じ様に高利と変造貨幣が通例となったのです。結局、ローマの貨幣供給量は90%も削減され、その結果、間もなく今のアメリカで起こる事と同じ様に、人々は自らの土地や家を失いました。豊富な貨幣供給の消滅と共に一般大衆はローマ行政に対する信頼を喪失して支持するのを拒否し、その後、ローマは暗黒時代の暗がりへと突入していったのです。

00:17:38
4.金細工職人

キリストの死から1000年後、中世の英国ではお金を貸し出して貨幣量を操作する両替商達が活発に活動していました。実際、彼らが互いに協力し合えば英国の経済全体を操作し得るほどになっていたのです。彼らが銀行家それ自体であったのではなく、両替商達は、概ね、金細工職人達でした。金細工職人達は他の人達の金貨を自らの金庫室に保管しており、その意味では最初の銀行家だったのです。当初の紙幣は金細工職人に預けられた金貨の単なる受取証でした。紙幣は重い多くの金や銀の硬貨を持ち運ぶよりも便利であった為に人々の間で受け容れられる様になったのです。やがて、金細工職人達は自分らに預けた金貨を要求して来る顧客が常に非常に僅かである事に気付き、このシステムを利用して誤魔化し始めました。彼らは実際に保管している金貨よりも多くの紙幣を発行する事が出来、また、誰もそれに気付かないと言う事を発見したのです。

00:18:48

そして、彼らはその余剰紙幣を貸し出してそこから利子を徴収しました。例の小額準備金増幅運用方式(fractional reserve banking)の誕生です。これは要するに預入資産の何倍ものお金が貸し出される事を意味しています。
この様に、1千ドル相当の金貨を彼らに預け入れると彼らは約1万ドルの紙幣を貸し出してそこから利子を稼ぎ出していたのですが、この欺瞞に気付く者は誰もいなかったのです。
これらの手段によって金細工職人達は徐々により大きな富を蓄積し、更にはその富を用いてより多くの金貨を蓄積していったのです。今日、準備金よりも大きな金額を貸し出すこのやり方はfractional reserve banking(小額準備金増幅運用方式)として知られており、米国のあらゆる銀行は実際に保有している金額の少なくとも10倍の額を貸し出す事が許されています。そのため、彼らは例えば、8%の利子を請求する事で金太りになるのです。彼らの収入は年利8%などではなく、実のところ80%だからです。銀行のビルが町で一番大きいのもその為なのです。しかし、それでは、全ての利子や金融が不法なものであると言うべきなのでしょうか? そうでないとは言えません。カトリック教会の法律である中世の教会法は貸付金に利子を請求するのを禁止していました。この考えはアリストテレスと聖トマス・アキナスの教えに従ったもので、彼らは貨幣の目的は社会を構成する者達が有徳な生活を送る為に必要な品物を容易に交換する事が出来るよう奉仕する事にあると教えています。利子は貨幣の使用に不必要な負担を課する事によってその目的の障害となると彼らは確信していました。換言すると利子は理性と正義に悖るものであると言う事です。この中世の教会法を反映してヨーロッパでは貸付金に利子を付する事を禁止、それを「高利貸し」と呼んで断罪しました。商業が発展するに連れて中世の後期に投資の機会が訪れるようになると貸付金の貸手側にコストの生じる事が認識される様になりました。(貸付金の回収が不能になる)危険と(投資)機会の喪失と言うコストです。それ故、借手側に何らかの費用を請求する事が認められましたが、利子としてではありませんでした。しかし、倫理主義的な人々は宗教の種類に関係なく貧しい者達に対する不正な抑圧や不公平を明白な不道徳行為であるとして非難しました。これから観るように、小額準備金の増幅貸付は不正な詐欺行為に根差したもので広範囲に及ぶ貧困化をもたらし、全ての人々のお金の価値を減少させた元凶なのです。

00:21:21

古代の金細工職人達は貨幣の供給量を増減させて経済を進展させれば余得が得られる事を発見しました。彼らがお金を容易に借りられる様にすると貨幣の流通量が拡大しました。お金は有り余る程になったのです。人々は商売を広げるために借入金を更に増やしました。しかし、その時点で両替商達は貨幣の供給量を少なくして、お金を借りるのがより難しくなる様にしたのです。
そうするとどうなるでしょう?丁度、現在、起きている事と同じで、人口の何割かの人々は以前の借入金を返す事が出来なくなり、また、それを返すために新たに借り入れる事も出来なくなりました。
その為、彼らは破産状態に陥り、自らの資産を極めて安い値段で金細工職人達に売らざるを得なくさせられたのです。
これと同じ事が現在も相変わらず行われています。ただ、今の我々はこの経済の進展を「景気循環」の浮沈などと尤もらしく呼んでいるだけなのです。

00:22:20
5.割り棒

ジュリアス・シーザーと同様、英国のヘンリー1世国王も西暦1100年頃に金細工職人達から金力を取り上げようと決意しました。ヘンリー国王は貝殻、羽、果てはチベットの辺鄙な場所で度々貨幣として用いられていたヤクの糞に至るまでどの様なものでも貨幣にする事が出来たのですが、彼は歴史上最も独特なシステムを考え出しました。「割り棒方式」と呼ばれるものです。
1826年までの726年間わたって使用され続けたこの英国貨幣の形態で未だ残存している数少ない割り棒がここにあります。この割振方式は金細工職人達による金融操作を回避する為に採用されました。
割り棒は磨き上げた木の棒を加工して造られた貨幣です。棒の片方の先端に沿って刻み目を入れ、その金額を示します。
次いで棒を縦方向に割り、刻み目部分を分断させて割った棒の両方に刻みが残る様にします。
王は通貨の偽造を防ぐ為に割った棒の半分を保管していたのです。
そして、他の半分は経済に導入して貨幣として流通させました。この特殊な割り棒は非常に大きく、その価値は25,000ポンドでした。イギリス銀行の株主の元祖の一人は彼の株式を1本の割り棒で購入しています。これ即ち、彼は世界で最も裕福で力のある法人を1本の棒切れで買ったのです。しかし、皮肉にも、1694年に設立されたイングランド銀行はイタリアに於ける割り棒システムを、それがヘンリー王の望んでいた両替商達の権力外であったと言う正にその事を理由に、攻撃しています。
人々が棒切れを貨幣として受け容れたのは何故でしょうか? この疑問には大きな意味があります。歴史全体を通じて人々は価値があると思われる殆ど全ての物を試して来ました。
お分かりでしょうか、貨幣とは人々が貨幣であるとして合意したものであるに過ぎないと言うのがその真相なのです。我々が現在使っている紙幣はどうでしょう。それは本当にただの紙なのです。しかし、そのトリックは次の話の中にある通りです。ヘンリー1世は王への税金を割り棒で納めるよう命じました。割り棒に対するこの如何ともしがたい需要によって、割り棒は忽ち流通し始め、貨幣として受け容れられるようになったのです。そして、それはとても上手く活きました。事実、この割り棒ほど長く有効に機能した貨幣は他に例がありません。

00:24:54

大英帝国が割り棒体制の下に築かれたものである事を忘れないようにして下さい。割り棒体制は両替商達がそれに対抗する鋳造硬貨体制を申し入れる事で何度となく攻撃したにも拘わらず成功したのです。言い換えると、鋳造硬貨は決して完全に流通しなくなった訳ではありませんでしたが、割り棒はそれが税金の支払に必要であった為に持ちこたえる事が出来たのです。
最後に、1500年代にヘンリー8世は貸金業規制に関する法律を緩和し、両替商達は再び即座に幅を利かせるようになりました。彼らは自分達の金や銀の硬貨を数十年間に亘り豊富に供給したのです。しかし、メアリー女王が王位に就いて再び貸金規正法を強化すると両替商達は金銀硬貨の買占めを再開して経済を強制的に急落させたのです。メアリー女王の妹であるエリザベス女王1世が即位した際に、彼女は英国通貨の支配権を回復する決意を固めました。彼女は金や銀の硬貨を国庫から発行し、両替商達が貨幣の供給をコントロールするのをやめさせようとしたのです。1642年の英国革命は、その原因が貨幣の支配を巡る対立にのみあった訳ではありませんが、宗教的な違いがその対立を増幅させ、通貨政策がその大きな役割を果たしました。両替商達の資金提供を受けたオリバー・クロムウェルがチャールズ王を転覆し、議会を粛清して王を死に至らしめたのです。両替商達は直ちに自らの資金力を統合する事が許されました。その結果、その後の50年間、両替商達は大英帝国を多額の費用や犠牲を伴う一連の戦争へと駆り立てて行ったのです。彼らはロンドンの中心部に1マイル四方の「シティー・オブ・ロンドン」として知られている一角を占拠しましたが、この地域は三つの有力な世界的金融センターの一つとして今でも知られています。英国がステュアート朝の王達と対立している事から英国の両替商達はオランダの両替商達と合体して1688年にステュアート朝を打倒しイギリスの王座を手にしたオレンジ公ウィリアムの侵略に資金を提供しました。

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00:27:16
6.イングランド銀行

1600年代の終わり頃に英国は財政的な破綻に瀕していました。およそ50年間に及ぶフランスやオランダとの絶え間ない戦争に疲弊しきっていたのです。政府の役人達は必死で両替商達と会い、自らの政治的目的を達成する為に必要な資金を融資するよう懇願しました。その価格は高くつきました:政府は何も無いところからお金を創出する民間法人の銀行を認可する破目になったのです。それは現代世界で最初の民間法人の中央銀行となりました。それは、一般の人々にそれが政府の一部であるかのように思わせるべく欺瞞的にイングランド銀行と名付けましたが、実際にはそうではありませんでした。それは他の民間の企業と同様に株式を発行する事によって運営を開始したのです。その株式を引き受けた投資家は(その名前が公開された事は嘗て一度もありません)株式の購入に125万ポンド分の金貨を拠出する事となっていた筈なのに、実際に受領したのは75万ポンド分の金貨のみでした。にも拘わらずこの銀行は1694年に正式に公認され、準備金として保有していた金額の数倍の額を貸し出し、その全てに付いて利子を徴収するという商売に乗り出したのです。それと引き換えにその銀行は英国の政治家に対して、英国国民の所得に直接税を課す事によって負債の返済を保証する限り、好きなだけの新たな通貨を貸し出したのでした。

00:31:05

かくしてイングランド銀行を合法化すると言う事は銀行家達の私的利益の為に国家の通貨を偽造する事と殆ど変わらないのです。残念な事に、今日、ほぼ全ての国がイングランド銀行を基本的なモデルとして民間人が私的に支配している中央銀行を有しています。上述した様な力をこれらの中央銀行が行使している以上、彼らはやがて国家の経済を全面的に支配する様になり、果ては富裕階級によって統治される金権政治の国、金権国家になってしまうのです。それは軍隊の統制をマフィアの手に委ねるようなもので、暴虐的専制政治への危険性が極端に増大する事となります。確かに中央銀行が必要であるかと言われれば必要でしょう。しかし、それを私人の手に委ねる必要はないのです。民間法人中央銀行の詐欺は我々の目から隠されている間接税にあります。国はその支払の為に税金を上げる政治的意志のないものの支払に充てる為に国債を中央銀行に売却します。しかし、その国債を買う為のお金は中央銀行が何もない所から創り出したものなのです。お金の流通量が増えればそれだけ我々のお金の価値は下がります。政府が必要なだけのお金を全て得ている一方で、国民はインフレと言う形でそれを支払っているのです。この企みの長所はそれがちんぷんかんぷんな経済用語の複雑な言い回しの中に埋もれ、それを見分けられる人が1000人に一人もいないと言う事にあります。イングランド銀行の設立に伴い、英国にはお金が溢れるようになって、国の全土で物価は2倍に跳ね上がり、また、どの様な無謀な計画にも巨額の貸付が行われるようになりました。古代にモーセとイスラエル人を追跡していたエジプト軍が溺れ死んだと言われる紅海の水をその際に失われた貴金属の回収を目的に紅海の水を枯渇させると言う事業すら計画されたのです。1698年頃になると政府の負債額は当初の125万ポンドから1,600万ポンドに拡大しました。当然、税額は増え、この負債の全額を返済するまで更に増え続けたのです。貨幣供給の手綱を彼らに固く握られた英国の経済は、その後、好況と不況が激しく変化する状況を呈し始めました。−この様な激しい状況の変化は民間法人の中央銀行が断固防止すると主張している正にその状況なのです。

00:31:04

エディ・ジョージ<イングランド銀行総裁>
「私はイングランド銀行のみならず一般の中央銀行には二つの本質的な責務があると思っています。その一つは通貨政策を立案する際に通貨の安定と言う具体的な目的を取り込む事です。」
しかしながら、イングランド銀行の統制を受けて以来英国のポンドが安定した事は殆どないのです。さて、ここで世界で最も裕福な家であると言われるロスチャイルド家の役割を見てみる事にしましょう。

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